60【ヴィアラテア視点】女神ノクタの声
気がつくと、真っ暗な闇の中に居た。
目を開けているのかどうかさえもわからない、闇。
自分と他の物との境界線も、どこか曖昧な、不思議な感覚……。
……ここは、一体どこ?
……わたくしは、どうなったのかしら?
少しずつ闇に目が慣れてきて、自分の着ている白い服や自分の腕が見えてくる。
手の平をグーパーして、感覚を確かめる。
うん……生きてる。
周りには何もない。音もしない。
みんな、どこへ行ってしまったのかしら?
無性に、心細くなる。
帰り道がわからなくて、迷子になった子供みたいだ。不安で、寂しい。そんな気持ちを払い退けるように、声を出す。
「……リヴ兄様?ルシエル?皇太子殿下……どこかにいらっしゃいますか?」
返事は、ない。
どうしよう……
立ち上がって、少し歩いてみる。でも、そこが道なのかどうかすらわからない。どのくらい、そうして歩いたんだろう。
……何か、失敗しちゃったのかしら?
ぶるっと体を震わせ、自分の体を両腕で抱きしめる。
歩くのを止めて、うずくまる。目を閉じて、先程の光景を思い出す。
……みんな、喜んでくれてたな。
……本当に、よかった。
相当疲れたのか、こんな状況なのに、うとうと眠くなってくる。……少し、眠ちゃおうかしら?
もう、自分の役目は、終わった筈だ。
少し眠って、また目が覚めたら、きっと、また、頑張れる……。
だから、今は少しだけ……。
すーっと、意識を手離そうとした、その時……誰かに声をかけられた。
『それで、良いの? ヴィア』
ふっと、意識が浮上する。
誰? 頭を起こし周囲を見渡すが……誰もいない。
『……いい子ね。たくさん、頑張ったわね。でも、あなたが帰る場所は、ここではないわ』
春の、息吹を感じさせるような声だった。温かく、軽やかで、美しい。ふと、耳が熱くなってくる。
思わずピアスを外し、手の平に置くと、それが真っ直ぐ光を放っていた。
『さあ……迷わずにいけるわね。忘れないで、ヴィアラテア。私はいつも、あなたの側にいるわ』
声の気配が、遠退く。わたくしは立ち上がり、真っ直ぐ光を辿って歩き出す。
ああ……わかった。
ここは、わたくしの魔力の中だ。
少しずつ、自分の中に留めるように、意識を巡らせる。
にわかに、声が聞こえてくる。
『ヴィア!戻ってくるんだ!ヴィア!』
わたくしが何をしようと、あなたは変わらずそう呼んでくれるのね。さすが、わたくしのお日様でありお星様。いつも、闇に寄り添う光……。
紫の光が自分の胸に吸収されていくのが、わかる。ふわっと体が空に投げ出される。目の前の、声の主が手を伸ばす。その手を取り、わたくしは地面を踏みしめる。
「ヴィア!」
「リヒト様!ただいま戻りました!」
わたくしは、満面の笑みで、リヒト様にそう言う。触れていた手を、固く握り合う。
気がつけば、景色が戻っていた。
リヴ兄様は、震えて目に涙を滲ませていた。……リヴ兄様の涙は、始めて見た。
ルシエルも、皇太子殿下も、安心したように側で微笑んでくれていた。
ああ……全部、終わったんだ。
「……帰りましょう。みんなで」
夕焼けの空の下、わたくし達は、ようやく帰路に着いた。




