59【リヒト視点】紫色の球体
ヴィクターは、バングルを嵌められ騎士達に拘束され、地下牢に連れて行かれた。
もう、抵抗する気も起きないようだった。
臥していた人間は幸い全員無事で、拘束されていたブリジット様や戦闘した時についたグラナティアの傷を、治癒の光魔法が使える者が処置している。
その時、ぞわっと感じた事もないくらいの、密度の濃い魔力の波を感じた。
思わず窓から外を見ると、明るかった空が夜の闇に染まっていた。
……ヴィアだ。ヴィアが、”鎮魂歌”を展開している。
「……リヒト殿下。向かって下さい」
「え……」
グラナティア、処置を受けながら言う。
「……ヴィアが、待っていると思います」
僕は、ぼんやりと、その言葉を咀嚼する。少しの間の後、力強く頷いた。
「……うん。行って来る」
そう言うやいなや、僕はまた走って会議室を飛び出し、厩へと向かった。
空にはどんどん星空が広がっていく。
自分の馬を小屋から出し、跨ると一直線に中央広場に向け走らせた。
不思議な、光景だった。
足元には、遠浅の海に居るような光のさざ波が立っている。
天の川はどこまでも遠くに続き、幾つも小さな流れ星が流れている。
……まるで、ヴィアと書庫で見た、僕の魔法の光みたいだった。
すごい……すごい!ヴィア!
やったんだ。ついに、”鎮魂歌”が展開出来たんだ。
僕も言わなくちゃ。僕の魔法の事を。
二人でお祝いするんだ。……いや、みんなで、祝おう。今日と言う日を。
通りすがる街の人々も、一様に喜んでいる。
僕は頬が紅潮して、つい口元が緩む。
もしかしたら、闇魔法への偏見も、これでなくなるかもしれない。
徐々に、空が元の形を取り戻し始める。
ああ……残念だ。もっと見ていたかったのに。出来れば、ヴィアと一緒に見たかったのに。
いつの間にか、陽の光は傾き、夕日のオレンジ色に変わっていた。
程なくして中央広場に辿り着く。
中央広場を中心に、街の損壊が激しい。それだけで、かなりの攻防が伺える。
僕は少し不安になりながらも、馬を止め、中央広場の中心まで足を進めた。
騎士達は、各々傷の手当てをしていたり、後片付けに追われているようだった。
中央広場の中心に、兄上の後ろ姿を見つける。
……なんだろう。何だか、雰囲気が重い。
少し、歩みを緩め、近づいて行く。
すると、中央広場の中心に、紫色に淡く光る大きな球体が見えた。
それは、見ているだけでも凄い密度であることがわかった。中心に向かうように、紫色の光と闇がごわごわと動いている。
側には、リヴ・レギオンが座り込んでうなだれている。ルシエルが、その様子を心配そうに見ている。
……なんで、ヴィアがいないんだろう?
嫌な予感がする。
僕は、兄上に声を掛ける。
「……兄上?」
兄上は、弾かれたように僕を見る。
「リヒト……」
僕は、兄上に言い募った。
「ヴィアは……? ヴィアは、どこ? この球体は、何?」
兄上は、どこか困惑する様な、痛ましいものを見るような表情をした。
「……ヴィアラテアは、この中に居る。これは、彼女の魔力が暴走した後だ」
「魔力の……暴走?じゃあ、助けないと……」
僕は慌てて球体に近寄る。それを止めたのは、リヴ・レギオンの声だった。
「……ダメだ!今それに触れば、お前も吸収されて跡形もなくなるぞ!」
「なんだよ、それ……じゃあ、どうやってヴィアを助けるんだ!?」
「知るか!こんな密度の濃い魔力……どう扱っていいかすらわからない……このままじゃ、ヴィアの体も……」
「そ、んな……」
リヴは前髪を掻き上げ、唇を噛み締め、眉根を寄せて苦々しい表情を浮かべていた。
僕は、茫然と、ただ立ち尽くす。
ヴィア。ヴィア……!
何か手立てはないのか、必死に頭を巡らせる。
……ブリジット様に、助けを求めるのはどうだろう?
彼女なら、何か解決策を見いだせるんじゃないか?
僕は、そう思いつくと、踵を返し後ろを向く。不意に、後ろに居たルシエルとぶつかり、ポケットから何かが飛び出す。
……ランドと共に開発した。魔道具の一つだ。
魔道具を拾う為、手を伸ばしそれに触れると、淡い光が真っ直ぐ球体の中心を差した。
これは……僕の魔力の込められたものに、反応している。
……ヴィアだ。
ヴィアが、僕のピアスを身に着けてくれているんだ!
僕は魔道具を手のひらに乗せ、球体に向き直り叫んだ。
「ヴィア!魔力を、コントロールするんだ!ヴィア!」
みんな、困惑の表情で僕を見ていた。でも、僕は止めなかった。
「ヴィア!戻ってこい!ヴィア!!」




