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56【リヒト視点】夢の世界


 僕とグラナティアがエレノアの部屋に着いた時は、既に蛻の殻だった。

 

「二人はどこにいったんだろう?」

「……もしかすると、城の中枢に行ったのかもしれません。陛下や皇后陛下、この城に留まる貴族達で、対策本部を立ちあげている筈です」

「なるほど……となると場所は、謁見の間の奥の会議室だ」


 僕らは会議室へ向かう事にした。もしかすると、戦闘になるかもしれないと思い、グラナティアはエレノアの部屋で動きやすい服を見つくろって着替える事になった。僕も、すぐ隣が僕の部屋だったので、その間に得物を2~3個取っていく事にした。剣と小刀……あとは、ランドと共同開発した魔道具を数点……何かの役に立つかもしれないから。程なくして、乗馬用のシンプルなパンツとシャツを身に着けたグラナティアがやってきた。靴も、華奢なハイヒールからブーツに変わっている。長い髪は一つに高く結んでいる。僕は、魔力が増幅するというブレスレットをグラナティアに渡した。気休めかもしれないけど。ああ、それから……


「グラナティア。これを」

 僕は、防刃の胸当てをがばっとグラナティアに被せる。僕のサイズだと、少し大きいかもだけど……無いよりはマシな筈だ。

「な、な……」

「ごめん。少し大きいし、重いと思うけど、身につけていてくれ。刃が体に届くのを防いでくれる」

 グラナティアは真っ赤になっている。恥ずかしいのかな?確かに不格好だけど……致し方ない。


 


 扉を開け、廊下に出る。城内は、異常な程、静かだ。人が一人もいない。

 僕らは、陛下とその家族、および重要な貴族や高官が寝起きをする最奥の区域を抜け、謁見の間がある本城の方に移動した。2つを繋ぐ回廊を通る時、少し斜めの位置から差す陽の光に緑が照らされ、風のざわめきが一際大きく聞こえた。誰もいない城は、こんなにも静かなのかと思った。

 至る所に生活感を残す城は、誰もいないのに、ふと目を向けると誰かと目が合うのではないかと……そんな不思議な感覚がした。


 幾つか部屋を過ぎ、廊下の角を曲がる。謁見の間まで、もう少しだ。すると前方から、がしゃん、がしゃん、と音を立て騎士達が数名、歩いてきた。陛下を守る、近衛の恰好をしている。……何か、様子がおかしい。

 焦点が合っていない。みんな、うつらうつらとしている。


 僕とグラナティアは、立ち止り、身構える。じりっと手に汗を握る。

 すると、その内の一人が、大きく剣を振りかぶり、僕らに切りかかって来た。僕はすかさず剣で応戦し、音を立てながら剣を打ちあう。幸い、国を誇る近衛の騎士とは思えない程、剣は軽いし動きは鈍い。僕が一人と打ち合っていたら、奥に居た一人が魔法を使ってくる。氷の刃を無数に作り、僕達に向かって投げた。すかさずグラナティアが炎を生み出し、その全ての氷を瞬時に溶かす。そんな攻防を繰り返し、全部で6名の騎士を、何とか昏倒させた。その後も、突然侍女が現れ、僕らに襲いかかって来たり、魔法師団の者数名が、魔法を使ってきたりした。幸い、どの者達もさほど強力では無かった為、僕らは何とかいなしながら謁見の間に辿り着いた。



 上がった息を整えながら、豪奢な大きな扉を開ける。中に入ると、両サイドにガラス張りの壁があり、吹き抜けになった広いスペースが広がる。部屋の奥の両サイドには赤い絨毯が引かれた広い階段があり、二階の中央には玉座がある。階段に挟まれ、広い扉がある。その奥が、重鎮達が集まる会議室がある。


 僕らは、謁見の間を走り抜け、会議室までやって来た。扉をあけ、息を飲む。彼らは、長方形の卓を囲むように座り、全員がテーブルにぐったりと臥していた。

「父上!母上!」

「お父様!」

 僕らの声が重なり、それぞれの親の元へ向かう。僕は、父上と母上の側により、母上の細い手首にそっと触れる。脈は……ある。事切れてはいないようだ。グラナティアも気がついたようで、僕らはほっとして、顔を見合わせた。


「眠らされているだけのようですわね。一体……誰がこんな事を……これではもう、国が乗っ取られたも同じ事です」

「ああ……兄上達の方は、どうなっているだろう……。とにかく、ブリジット様とエレノアを探さないと。……もしかしたら、ヴィアの所に行っているのかもしれない。……罪を犯した貴族が収容されるのは、”西の塔”だ」

「”西の塔”……そんな所に、ヴィアが……」

 グラナティアは、悔しげに視線を伏せる。僕は、何か犯人の手掛かりはないかと会議室をぐるっと見回す。すると、開いている扉の向こうに、小さな影を見つける。

 

 僕は、体を傾け扉の様子を注意深く伺う。すると、グラナティアもその視線に気がつき、扉に目を向ける。


 扉の向こうから、ひょこっと小さな手が出てくる。思わず、僕もグラナティアも、びくっと肩を跳ねさせる。

 こちらを覗き見る様に、金髪碧眼の人形が頭を覗かせる。背丈20センチ程の、小さな人形だ。その人形は僕らを見ると、目を細めてにっと笑った。


「「――――!」」


 僕は、ぞっとして一歩後退した。グラナティアも、口許に手を当てて、青い顔をしている。人形は、トコトコと歩いて僕らの前にやって来る。僕らは思わずじりじりと後退し、僕はグラナティアを後ろ手に庇い剣を構える。僕らの目前までやってくると、人形は力なくパタリと倒れた。水色のドレスを着たその背中には、血のような赤い文字で、『楽しんで』と、書かれていた。


 その直後、ドシン、ドシンと、足音が響く。扉の向こうから、背丈3メートルはあるのではという大男が入ってきた。左手は、大きな斧のような形になっている。僕は、記憶を巡らせ思い出す。こいつは、魔獣バーサーアクスだ。なぜ、城内に魔獣が!?と思ったけど、考えている暇はなかった。


 ブォーーーーーッと咆哮し、地響きがする。斧を振りかぶり卓を叩きつけ、その一部がごそっと欠ける。グラナティアが咄嗟に炎を向けるが、斧にひと払いされてしまい、効果がないようだった。

 このままでは、伏してる人々を巻き込んでしまう。僕らは、卓を挟んで反対側にすり抜け、一目散に逃げ出した。


 ドスン、ドスン、という足音が後ろから聞こえる。追いかけてきているのがわかる。僕らは、上の階に逃げることにした。階段を幾つもあがり、その視界から逃れる。どれだけ走ったのか、息があがり、胸が苦しい。ひとまず近くの部屋に逃げ込む。息を整えながら、グラナティアと物陰に隠れる。


「……何かがおかしい」

「ええ。城にあんな上級の魔獣が現れるなんて……」

「それだけじゃない。あの人形も……もしかしたら、僕らはいつの間にか夢の中に閉じ込められたのかもしれない」

「えっ!?」

グラナティアは咄嗟に口許を押さえる。僕らは、ばっと外の様子を伺うが……静かなままで、ひとまず胸を撫で下ろした。


「……どういうことですか?」

「あの人形が現れてからだ。急に敵が強くなり、状況がおかしくなった。階段を幾つも上がったけど……ここは一体何階だ?窓の外を見ても、そんな高層階には感じない」

 グラナティアは、窓の外に目をやる。木の木目が見えている。その様子から察するに、精々、2~3階程度だ。その時、ドスン、ドスンという音がまた聞こえ始める。グラナティアの様子をちらっと伺う。ぐったりとして、肩で息をしている。グラナティアは、普通の令嬢だ。……もう、走れないだろう。


 僕は、グラナティアに声をかける。

「グラナティア……君はここにいてくれ。あいつは僕が引き付ける」

「……!そんなこと出来ません!」

「……いや、僕の考えが正しければ、僕らは今どこかで眠らされている。闇魔法を解く手立てが無い以上、体力を消耗するのは得策じゃない。敵の思うつぼだ。ここで眠ってやるくらいの気概でいた方がいい。……ひとまず、ここで休んでいてくれ。夢なら、あいつと戦っても死にはしない筈だし……ブリジット様の魔法が成立したら、目が覚める筈だ。……何か手立てがないか探って、無理そうならまたすぐ帰って来るから」

 半分以上……はったりだけど、そう大きく外れてもいない気がする。グラナティアは、逡巡するが、コクンと頷いて俯いた。もう、限界な筈だ。


 

 僕は立ちあがり、勢い良く廊下に飛び出る。バーサーアクスは、僕の姿を見つけると、また大きな咆哮を立て追いかけてくる。

 

「来い!こっちだ!!」

 僕はまた走り出す。このまま走ってもきりが無い。外はどうなっているだろう。廊下の突き当たりに、窓を見つける。僕は、ひと思いにその窓に飛び込んだ。

 ガシャガシャと派手な音を立て窓が割れ、足場がなくなる。目の前に樹が見えていた筈なのに、何故かそこには何もない。ふわっと胃が浮く感覚がする。浮遊感と共に落下していく。まずい……僕は思わず目を閉じる。

 

 すると、びくっと体が反応し、目を開ける。

 何故か……自室の天井が見える。ドクドクと脈打つ胸を押さえ、あがる息を整えながら上体を起こすと、そこは見慣れた僕の部屋だった。背中には汗をぐしょりと掻いていて、服は寝巻だ。……まるで、全部が夢だったみたいだ。僕はベッドから起き、廊下に飛び出る。そこには……エレノアがびっくりした顔をして立っていた。


「お兄様!おはようございます。どうなさったの?」

「エレノア!?無事だったのか?ブリジット様は?ヴィアはどうした?」

 思わずエレノアの肩を掴む。エレノアは、相変わらず驚いた顔をしたまま、僕の問に答える。

「落ち着いて下さい、お兄様。ブリジット様……闇属性魔法使い様は、恐らく王都の邸宅にいらっしゃいます。ご面識があったのですか?……それと、ヴィアとはどなたの事ですか?」

「何を言って……ヴィアラテア・ルポルト、僕の婚約者だよ!彼女はどうしたんだ?」

 エレノアが僕を落ち着かせるように微笑む。

「もう、お兄様。何か悪い夢でも見たのですか? お兄様のご婚約者は、グラナティア様ではないですか。ルポルト侯爵に、娘さんなんていらっしゃったかしら? そんな事より、一緒に朝餉を食べに参りましょう? お母様も、きっと待っていらっしゃるわ」

 違う、違う、違う!僕はエレノアの手を振り払い、再度部屋に戻る。どこに行けば良いのかもわからない。頭を抱えてうずくまる。


 ……すると、あたりが真っ暗になっているのに気がつく。ふと、誰かの足が見えた。視線をあげると、そこには”僕”がいた。

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