55【ヴィアラテア視点】なんだかとても、心地がいい
しばらく馬を走らせると、大通りに出る。もう住民はシールド内に避難している筈だ。
「…………なんだあれ……」
ルシエルの呟きを聞き、馬の首から体を少し逸らし前方を見る。
遠くの空が、真っ暗……あれは……
「…………魔獣の、群れ……」
空を埋め尽くす魔獣の群れが、シールドの分け目を探るように、こちらに向かって飛んできている。
空を飛ぶ種類だけでも、あんなに多く……地上はどうなっているのだろう。わたくしは、視線を戻す際、視界の端に人影を捉える。
……え?
少し離れた所に、人影と魔獣の姿があった。
「ルシエル!あれ!」
「――……っ!」
避難し損なった親子連れが、数頭の狼魔と相対していた。ちいさな男の子が、石を投げてしゃがみ込む母親を助けている。ルシエルは、背中に差していた剣を抜き、魔力を込める。狼魔めがけて大きく剣を振ると、剣から突風が飛び出し狼魔は、ギャンッ!と悲鳴をあげて吹き飛んだ。
馬のスピードを落とし、親子連れに告げる。
「今の内に逃げろ!」
「……だめなんだ!お母さんは、足が悪いんだ!」
「――……くそっ!」
狼魔は、3頭。先程吹き飛んだ1頭も、大きな外傷もなく態勢を直している。わたくしは、逡巡し、手に魔力を込め、男の子の後ろの母親に向け伸ばした。いけるかもしれない!
「大丈夫よ!”あなたの足は動くわ”!」
わたくしの手から、紫色の光が飛び出し母親を包む。曲がっていた足がすくっと立ちあがる。
「……うそ」
「さあ!早く!」
わたくしの言葉に弾かれたように、親子連れが走り出す。それを受けて、狼魔達が一斉にこちらに向かってくる。
「”あなた達はお家に帰りなさい!”」
今度は狼魔めがけて腕を伸ばす。すると、紫の光が狼魔を包み、狼魔達がその場でくるくると回りだす。その内、わたくし達が駆けて来たのと反対方向に走っていった。
わたくしとルシエルは、少しの時間、呆然とする。その内、ルシエルが呟く。
「……すごい」
わたくしは、コクコクと首を縦に振る。……すごい。すごい……楽しい!わたくしってば、こんな事出来るんだ! 両手を口元にあて、つい感動してしまう。ルシエルが、ふふっと堰を切ったように笑いだし、わたくしも一緒になって笑ってしまう。ルシエルが、瞳に溜まった涙を拭き、言う。
「……じゃあ、出発するね」
戦闘を前に、勇気が湧いてきた。
前方に、開けたスペースが見え始めた。中央広場だ。
いつもは露店や市が建ち並ぶそこは、今日はがらんと空洞になっており、幾つかのテントが張られている。
通りの終わりで、ルシエルは馬を止め、馬を降り、わたくしを降ろす。二人連れだって、一番大きなテントに入る。中は慌ただしい様子で騎士達が動き回り……その中央に、それぞれの国の騎士服を身にまとう、リヴ兄様と皇太子殿下がいた。
リヴ兄様は、わたくしとルシエルの姿を捉えると、驚愕の表情で目を見開いた。
「な……!ヴィア……なんでここに!それに……」
リヴ兄様がわたくしの左頬に触れる。あ……打たれた頬だ。やっぱりかなり赤くなってしまっているのかしら。
「ヴィクター・シュトラウス卿に殴られました。今回の首謀者は、彼です」
「「「………………!!」」」
わたくしの声が届いたみんなが驚いた顔をした。ばきっ!と大きな音が鳴ったと思ったら、リヴ兄様の左手に握られていたであろう椅子の背もたれが……何故か欠けている。リヴ兄様の表情は無表情に近いけど、額に青筋を浮かべている。恐い……。わたくしよりも、闇なオーラが出ている……。
リヴ兄様は、自身のハンカチを水魔法で濡らし、わたくしの頬にあてた。わたくしは、そのままそのハンカチを受け取って、頬を押さえた。
「帰れ」
リヴ兄様が、端的に言う。わたくしは、その視線を真っ直ぐ受け止める。
「嫌よ」
「ここは危険だ」
「知っているわ」
「……お前を守る事に気を取られたら、全力が出せない」
わたくしは目を瞬かせる。そして、にっと笑う。
「……あなたはその程度の男なの?」
リヴ兄様が、目を見開く。みんな言葉を失っている。ああ、なんだか。とても気分が良い。
わたくしは、リヴ兄様にハンカチを返す。リヴ兄様は、それをぼんやりと受け取る。
「……別に、守って下さらなくても結構です。それに、リヴ兄様の言葉に従うつもりもありません。わたくしは今日、ずっと我慢していた分、力の限り魔法を使うつもりでいます。……わたくしは、『わたくしの魔法って素敵でしょ?』って、皆様に見せびらかしたいと思っています」
ふふっと笑い、リヴ兄様の瞳を見つめる。深い海の色が、動揺している。それだけで、無性に心地良い。
わたくしは、そっと左手をリヴ兄様の頬に沿える。
「……わたくしは、我慢するのは止めたのです。リヴ兄様。わたくしと一緒に居たいなら、どうか全力で追いかけ続けてくださいませ。そうしたら……いつか、わたくしの”本当の望み”を、教えて差し上げますわ」
なるべく甘く、囁く。リヴ兄様は、カッと頬を紅潮させた。ハンカチを持つ手をぎゅうっと握り締め、雫が落ちる。反対の手で、杖を持つわたくしの手を捉えた。
「……その言葉、忘れるなよ」
彼の手が、熱い。わたくしは、できる限り美しく見えるよう、精一杯、にっこりと微笑んだ。




