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54【ヴィアラテア視点】空を飛ぶ

 

 わたくしは、長いスカートをたくし上げ、階段を駆け降りる。西の塔の最下階に辿り着き、赤い大きな扉を開け、こっそり周囲を見回す。幸い、騎士の姿は見えない。

 

 ここから中央広場に行くには、徒歩では難しい。足がいる。

 厩に向けて走り出す。たしか、ここから近かった筈。あまり人が通らない場所だからか、茂みが多い。途中、囚人用の簡素な靴が破れたので、投げ捨てた。

 

 目的の建物の屋根が見えてくる。ぐるりと回り込み、人がいるか伺っていると、見知った明るいグリーンの髪が見えた。ブルーの騎士服姿の彼は、ちょうど馬のたずなを引いている。


「ルシエル!」

 わたくしは駆け寄り、ルシエルに声を掛ける。ルシエルは、弾かれたように振り向き、声をあげる。

「義姉さん!どうしてここに!?……というか、その姿は何!?その顔、どうしたの!?」

 そんなに酷い事になっているのかしら?わたくしは、スカートの裾を少し直し、思わず自分の頬をさわさわと撫でつつ、言葉を続ける。

「驚かせてごめんなさい。どこへ行くの?」

「え?……えっと、中央広場だけど……」 

 ルシエルはもごもごと答える。わたくしは両手のひらを合わせ、心からの微笑みを浮かべ、喜びを表現する。

「まあ!丁度良かった。どうか一緒に連れて行って」

「……っは!?いやいや、無理無理!何しに行くかわかってる!?」

「もちろん!」

「わかってるなら、無理言わないでよ!連れているわけないでしょ!」


 わたくしはむっとして、ルシエルをじーーーーっと見つめる。しばらく見続けるが、折れてくれそうもないので……諦めてふぅと息を吐き、自分が乗れそうな馬を物色し始める。ルシエルが慌てて、わたくしを止める。

「いやいやいや、待って待って。義姉さん、馬乗れるの?」

 わたくしは、きょとんと首を傾げる。何を今更な事を言っているのかしら?

「辺境伯領では、最初にみんな習うわ?」

「そうだけど……もう6年も前だろう?当時は仔馬とかだったんじゃ……」

「仔馬でも、馬は馬よ?」

「だいぶ違うよ!どうしてそんなに無理するの?城で待ってろよ」

「嫌!」

「いや、嫌!じゃなくて……」

 わたくしが、今度は請う様な表情でじーーーーーーっと見ていると、ルシエルがとうとう折れてくれた。


「…………もう、わかったよ……。どうせ僕が連れて行かなくても、着いてくるんだろ?」

 わたくしは、先程の何倍も明るい笑顔で、全身を使って喜びを表現する。

「ありがとう、ルシエル!持つべきものは、優しい弟ね!」

 わたくしが、ニコニコとしていると、ルシエルが仕方ないと言う風に微笑む。

「……なんか、義姉さん、昔に戻ったね」

「……え?」

「いや……表情が明るくなったて言うか……やっぱり、王都での生活は、義姉さんにとって幸せなものではなかった?」


 ルシエルは、気遣わしげに視線を伏せる。わたくしは、ふふっと笑い、首を振る。


「そうじゃないわ、ルシエル。わたくしは今、色んな経験をして、たくさんの言葉を貰って、漸く、ありのままの自分を受け入れられ始めたところなの。自分を、好きになれそうなの。……わたくしは、いつでも誰よりも幸せ者よ」


 ルシエルは少し驚いた顔をするが、「そうか……」と一言呟いて、微笑んで頷いてくれた。


 ルシエルの手を借り、馬に横乗りに乗る。ルシエルの前に抱えられるように座る。ルシエルの邪魔にならないように、杖を抱える様に持ちかえる。ルシエルは、慣らすように少し馬を歩かせる。


「……いいか、義姉さん。僕は、本当は訓練生の1人として、有志の集まりに入って魔獣討伐に行くはずだったんだ」

「……? ええ」

「だから、義姉さんを連れてるのはまずい状況なんだ」

「……ええ」

「だから、突っ切って行くから、舌噛まないでよ!」


 ルシエルはそう言うと、猛スピードで馬を走らせた。城内のみんなが、こちらを見ている気がする。それでも馬は歩みを止めず、城門を越え堀を渡る橋を突き進む。橋を渡ると、ルシエルが合流する筈だったろう騎士達が集まってる。馬はその騎士達を避ける様に道を逸れ、柵を高く乗り越えた。最初は少し恐かったけど、スピード感に慣れてくると、ただただ気持ちが高揚して来る。


「ルシエル!あなた、見かけに寄らず……」

「なんだよ!また変な事言うなよ!」

「見かけに寄らず、大胆で素敵ね!最高よ!」

「――そうかよ!」

 

 わたくし達は大声で、笑い合う。藍色の髪が後ろになびく。見上げた空が、高く広く感じた。

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