52【ヴィアラテア視点】目的地
どのくらい時間が経ったろう。
外の光が少しずつ斜めに傾き始め、部屋の中が少しずつ暗くなってきている。
わたくしは諦めきれず、椅子を何度も持ち上げては、扉に打ちつける。ガン!ガン!と、派手な音は鳴るものの……その表面に傷を付けることしかできない。
悔しくて、涙が出そうだ。でも、泣いている場合じゃない。
城内で、何かが起きている。操られてしまっている人もいるだろう。
早く、早く誰かに知らせに行かないと……大変な事になる!
息を整えて、もう一度椅子を頭の上まで持ち上げ、思いっきり体ごと扉に椅子を打ちつける。一際大きな音が立つが、強固な扉はびくともせず、体が後ろに押し返される。体を起こして椅子を見ると、椅子の足が壊れてしまっていた。……何故、わたくしはこんなにも無力なんだろう。
打ちひしがれていると、微かに足音が聞こえた。コン、コン……と、床を打つ音も。
この音……どこかで聞いた事が……。
そのまま床に臥していると、程なくして、鍵が開けられる音が聞こえてくる。
扉が開いた瞬間、明るい光が飛び込んできて部屋の中を舞う。
温かい、蝶の様な光……。記憶の中のそれより、ほんの少し大きくなって、輝いている。
扉の外には、杖を握ったブリジット様とブリジット様の肩を支えるエレノア様がいた。
ああ、あの音は、いつも”鎮魂歌”の時に聞いている……杖をついていた時の音だったんだ。
「エレノア様!ブリジット様!」
わたくしは、立ちあがり二人に駆け寄る。エレノア様は、驚いた顔でわたくしの頬に手を伸ばす。
「お義姉様……!そのお顔……どうなさったの?」
わたくしは、思わず打たれた頬に手を添える。今はもう痛みは感じていないけど……恐らく外傷が残ってしまっているのだろう。
「わたくしは大丈夫です。それより、お二人ともご無事でしたでしょうか?」
「……ブリジット様が助けてくださったのです。お義姉様の嫌疑も、わたくしとブリジット様の証言で晴らす事ができました。今、外では大変な事が起きています。お義姉様にも……王命が下りました。時期に、騎士達がここにやって来るでしょう」
「王命……ですか?」
わたくしは、エレノア様とブリジット様を見る。エレノア様とブリジット様がお互い顔を見合わせ頷き、ブリジット様が声を発する。
「ヴィア……今、外では国中の魔獣が暴れ出し、王都の中央広場に集まろうとしている。恐らく、ヴィクター・シュトラウスという男が誘導しているのだろう。そこにリヴも向かった。……ヴィア。お前も行っておやり」
「…………っ!?」
わたくしは、あまりの出来事に言葉を失う。エレノア様が、言葉を重ねる。
「お義姉様……ブリジット様から、色々お話を伺いました。王命は『この城を守るように』というものだったのです。騎士達もそれを伝える為に、ここに来ようとしています。今を逃せば、中央広場へは向かえなくなります。どうか、お早く」
「で、でも……わたくしが行った所で何が……わたくしはまだ、二次覚醒も、していないのに……」
言葉が尻すぼみになっていく。思わず俯いて、スカートの裾をぎゅっと掴む。自分の手が、視界に入る。椅子を握りしめていたから、赤く痕がついてしまっている。……こんな小さな手で、何が出来ると言うのだろう。
そんなわたくしの様子を見て、ブリジット様が静かに語り掛ける。
「ヴィア……ヴィア、自分を信じるんだ。自分の可能性を、自分で決めてはいけない。お前がここまで懸命にやってきたのを、私はずっと見て来た。お前なら出来る」
「でも……でも、わたくしは、結局何も出来ませんでした。皆様を振り回すばかりで、自分の事ばかりで……ただの、や、役立たずで……」
二人に会ってほっとした為か、疲労からか、ずっと我慢していた涙が言葉と共に溢れだしてしまう。エレノア様とブリジット様は、またお互いに顔を見合わせてふふっと笑い合う。
「嫌だわ、お義姉様。お義姉様が役立たずな筈、ないではありませんか。わたくしは、お義姉様のたっぷりな愛情に支えられて、これまでやって来れましたのに」
エレノア様が、わたくしの涙を拭う。ブリジット様にも、頭を撫でられる。
「ヴィア……皆、お前に振り回されたんじゃない。お前に、力を貸したんだ。お前が、自分達を心から大切にしてくれているのが、わかるからね。お前は、皆に勇気を与えていたんだ。人間は、一人で出来る事なんて、限られている。お前を思う、皆の力を借りたらいい。皆の力を全部借りて、お前の出来る事をやって来れば良い」
「でも……」
わたくしが涙を拭っていると、エレノア様が空いている方の手を取る。
「そうだ。お義姉様。覚えていらっしゃいますか? 幼い頃……わたくしが、お義姉様とお兄様を書庫に閉じ込めた事があったでしょう?」
……あ。わたくしは、あの楽しかった日を思い出す。
「……あの時、お義姉様はおっしゃいました。『恐い闇魔法を、素敵な闇魔法に変えようと思っている』と。そして、そんなお義姉様をお兄様が支えきれなかったら、わたくしに励まして欲しいと。そうすれば、百人力だと」
「はい……覚えています」
わたくしは、涙を拭いながら答える。そうだ……わたくしは、その為に頑張っていたんだ。
エレノア様が、ポケットから何かを取りだす。それをそっと、わたくしの掌に乗せる。同時に、両手首が温かい赤い光に包まれて、鎖の付いた魔力抑制具がかしゃっと音を立てて外れる。
「お義姉様……恐い闇魔法を、素敵な闇魔法に変えてきて下さいませ。これは、お義姉様のお部屋で見つけました。……きっと、力になってくれる筈です」
掌を開くと、淡い金色の光を放つ、小さな星型の石をあしらった華奢なピアスが乗っかっていた。婚約破棄を言いだしてから、着けるのを躊躇ってしまって……部屋のドレッサーに置いてしまっていた。リヒト様に貰った、大切な宝物。
わたくしは、もう一度強く涙を拭い、ピアスを身に着ける。そして、二人をぎゅっと抱きしめると、ブリジット様から杖を受け取り、走り出す。目指すは、中央広場。もう、迷わない。




