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5【リヒト視点】扉を開ける手紙

 あれから数週間たった。あの日以来、僕は部屋から出ていなかった。誰に何を言われても、返事はしなかった。婚約者であるヴィアラテア・ルポルト侯爵令嬢の訪問が、何度か伝えられたが、それにも応じる事はなかった。

 

 顔合わせの日の……心の動きが大きかったから、少し疲れてしまったんだと思う。部屋の中で、本を読んだり、庭園や空を眺めたり、時々魔法を使って気晴らししたりして過ごしていた。

 

 今朝も、それは変わらなかった。朝起きて、用意された水で顔を洗い、動きやすいシンプルな服に着替える。

 部屋のテーブルには、朝食が用意されていた。

 席に近付くと、朝食と共に一通の封筒が置かれてるのに、気がついた。封もされていない、上質な白い用紙に、花の模様の意匠が凝らされたものだった。中を取りだし開いてみると、可愛らしい字が並んでいた。


『お好きな食べ物は、ございますか?

 わたくしは、チョコレートクッキーが好きです。

            ヴィアラテア・ルポルト』


 ……そういえば、顔合わせの日も手を伸ばしていた気がする。

 いや、じゃなくて。どういう意図だろう。手紙なんて、受け取るのは何年振りだろう?

 手紙と言うには、あまりにも拙い……というか、気楽なものだった。


 返事をするかどうか悩んでいると、1日開けてまた手紙が届いた。


『お好きな色は、ございますか?

 わたくしは、深緑と濃いブルーが好きです。

            ヴィアラテア・ルポルト』


 思ったより、渋い色が好きなんだな。また、返事を悩んでいると手紙が届く。


『今日は、王城にてチーズケーキを振舞って頂きました。

 とても美味しかったです。

            ヴィアラテア・ルポルト』


『お好きな天気は、ございますか?

 私は、色々と思うところはございますが、

 やはり晴れの日が好きです。

            ヴィアラテア・ルポルト』


『今日は、刺繍を教わりました。

 淑女の嗜みとの事です。

            ヴィアラテア・ルポルト』


 3日と開けず、手紙が届いた。もう、返事など待っていない気がする。

 そして、ある日……

 

『お好きな花は、ございますか?

 わたくしは、白いカンパニュラの花がすきです。

            ヴィアラテア・ルポルト』


 ……という手紙が届いた。どんな花か気になって、僕はそっと書庫へ向った。

 久しぶりに出た部屋の外は、とても静かで、籠る前となんら変わり映えはしないものだった。

 それなのに、なんだかいつもと違う様な気がして、どきどきした。



 そんな事を、1カ月以上続け、僕は彼女と少し親しくなった様な気がしていた。

 僕からは一言も返事をしていないのに……。

 今更、何を書くべきか悩んでしまい、結局返事を出せずにいた。

 けれど、やはり彼女の事が気にかかり、僕付きの侍女達に聞いてみる事にした。


「……ルポルト侯爵令嬢は、どう過ごされているか知っている?」


 声を掛けられた侍女達は、とても驚いた様で少しの間動きを止めたが、すぐに答えてくれた。

「はい。王家が用意した王都の屋敷で過ごされてると伺っております。

 2日と開けず王城に通い、現在は、王子妃教育とその他諸々の科目を学ばれているようです」

「そうなのか……存外、忙しいのだな。この手紙は、その隙間に書いているのだろうか?」


 侍女二人は顔を見合わせて、少し躊躇った様子を見せ、話してくれた。

「……実は、お嬢様からは言わない様に言われていたのですが、王城に来られた日は必ず数時間、ガゼボか温室で殿下をお待ちになられています。『対応を急かしてしまうようで申し訳ないから』と、殿下の気が向かれるのをお待ちのようでしたが……」


 驚いた。訪問が告げられていたのは、最初の数回だけだったから手紙だけ預けているのかと思っていた。それも、婚約者の義務として、少しでも交流してる(てい)が取れれば良いかという位なのかと……。


 思えば、最初に会った日に逃げ出して以来……彼女からしたら、何の返答も寄越さない、良くも知らない赤の他人だ。僕が彼女を厭うて、避けていると思っているかも知れない。それに、よくよく考えれば、手紙だってもっと格式張った形式的な物を、月に1度出すだけだって、十分婚約者としての対面は保たれる。僕らの婚約は、事情の絡んだ政略的なものなのだし。


 彼女はそれをせず、僕の事情も考え、敢えて気楽な手紙(もの)を、根気強く書き続けてくれていたのだ。それに気がついたら、罪悪感や後悔でいっぱいになった。一言でも返事を書いていたら……。



 僕は焦って、侍女達に声を掛けた。

「ルポルト侯爵令嬢は、今日も登城の予定だろうか?」

「あ、はい。その筈です」

「そうか……あ!」

 突然勢い良く振り返る僕に、侍女達が驚いて固まる。

「……すまないが、身だしなみを整えてくれないだろうか?」

 二人はまた顔を見合わせて、今度は満面の笑みで答えてくれた。

「「はい!お任せ下さい!」」

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