49【リヒト視点】僕らの過ごした時間
僕は、引きこもりに戻った。
時々、母上やエレノア、ルシエルやグラナティアの訪問の申し出があったようだけど、全部無視していた。
ヴィアは……来なかった。
もう、僕は用済みなのかな……。
そんな事を鬱々と考えて過ごしていた。
今日も朝餉を食べて、軽く身なりを整える。
どこに行くわけでもないけど……急に、ヴィアが来るかもしれないし。
大体……なんで蟄居を選ぶんだ?
引きこもるなら、僕と一緒でも良いじゃないか。
昔、僕が人前であがってしまいそうになった時、「引きこもりたくなったら一緒に引きこもる」って言ってくれたじゃないか。あれは、嘘だったのか?
……なんで、僕じゃダメなんだろう。
こんなに、好きなのに。
王命で幽閉して貰おうかな……国に仕える貴族であり、闇属性魔法使いでありながら、他国の人間と通じようとしていた罪とかで。そして、僕も一緒に籠るんだ。今度こそ、絶対に側を離れないで、二十四時間ずっと見張っているんだ。
そこまで考えて、そんな自分の考えに落ち込む。このままじゃ、ただのやばい奴だ。
部屋に用意されている数々のもの、一つ一つにヴィアとの思い出がある。
10歳の頃から6年間……共に歩んできたんだ。それは、ヴィアにとってだって、決して軽いものでは無かった筈だ。ヴィアの顔が、脳裏に浮かぶ。
……寂しいのは嫌だって、言ったじゃないか。
僕は、ソファーの上で膝を抱えて俯く。泣きそうなのをぎゅっとこらえる。最近ずっとこうだ。心が、引きちぎられたみたいだ。
にわかに……廊下がざわついている。なんだろう?
扉越しに、怒鳴り声が聞こえてくる。
『そこを、おどきなさい!』
……これは、グラナティアの声だ。
『おやめ下さい!……王子殿下はまだ……』
『……わたくしは、スエロ公爵家が娘、グラナティア・スエロです!あなた、誰の前に立ちはだかっているか、わかっているのですか? わたくしはお願いしているのではありません。命じているのです!さっさとそこをどきなさい!!』
その迫力のグラナティアに侍女達が叶う筈もなく、扉がばんっと開かれる。
僕は、思わず膝を抱えたまま膠着してしまう。
……グラナティアが、すごい剣幕だ。
「ごきげんよう。リヒト殿下。早速ですが、時間も勿体ないので、状況をお聞かせ願えるかしら?」
「じょ、状況って……」
「何故、こんなところに引きこもっていらっしゃるのですか?」
「それは……」
ごにょごにょと、言葉を濁す。グラナティアは、手を組んで、握っている扇をたしたしと自分の腕に打ちつけている。何でそんなに怒っているんだ。
「君には関係な……」
「まさか、外で何が起きているかご存じではありませんの?」
声が重なる。外?
「外……って、何が……」
「ヴィアが投獄されました」
……え?投獄?僕は慌てて腰をあげる。
「ど、どういう事だ!?」
「どうも、こうも、聞きたいのはこちらです!エレノア様を害した罪という事ですが、何が一体起こっているのですか!?ヴィアが、そんなことする筈がございません!」
どういう事だ!?僕は、侍女達に目を向ける。
「すまない!誰か事情を知る者はいるか?」
侍女達は顔を見合わせる。おずおずと一人が前に進み出る。
「わたくしが……丁度ルポルト侯爵令嬢が投獄された日、お嬢様の身の回りのお世話をしておりましたので、お答えします」
「頼む」
話は、以下のようなものだった。
まず、ヴィアとエレノアがガゼボで偶然会い、何の話からか二人でエレノアの私室へ向ったらしい。そして、エレノアがベッドに横になり、ヴィアがその脇に控えていた。すると、扉の隙間から見えたヴィアの様子がおかしい事に気がつき、護衛が立ち入った所、ヴィアのバングルは外れており、エレノアが眠っていた。以降、数日経っているが、エレノアが目を覚ます様子はないと言う事だった。
「どういう事だ……?」
「わたくしも、投獄されている事実を先程知りました。父の補佐で登城していたので……どういう事なんですの? 殿下は病気療養とかで籠られてしまうし、ヴィアはここの所何を聞いても『わたしが悪いんです』の一点張り。お二人に一体、何が起こったのです?」
僕は押し黙る。引きこもっていたのは僕の事情だけど……ヴィアが悪いのは本当だ。だって、どう考えたって、ヴィアが悪いじゃないか。僕と言う婚約者がいながら、他の人を想うなんて。
だけど、ヴィアがやっていないのはわかる。そもそも、ヴィアにエレノアを害する理由がない。
「……先代王妹殿下の件も、ルポルト侯爵令嬢がやったのではと……」
僕とグラナティアは、声を発した侍女を見る。あまりに勢いが良かった為か、肩をびくっと跳ねさせた。
「いえ!あくまでも、噂で……その、ルポルト侯爵令嬢は予めエレノア様に害をなす為に、闇魔法を解除できる先代王妹殿下の事も害していたのではと……噂が、流れておりまして……」
「なんだ、それは?」
つい声を荒げてしまう。ヴィアが、ブリジット様を?それこそ有り得ない。
「殿下。ヴィアを助けに行きましょう。何もかも、仕組まれたものに違いありません!」
僕はピタッと動きを止める。僕が?ヴィアを助ける?……何故? ヴィアは、僕を捨てたのに……。
僕はグラナティアに背を向ける。そんな僕を、グラナティアが訝しんでいるのが分かる。
「……殿下?」
「……兄上にお任せしよう」
「殿下!?」
「大体、僕に何が出来ると言うんだ!僕は、ただの引きこもり王子だ。何の力も、権限もない。今までだって、結局……何も成し得なかったじゃないか。状況は、何も変わらなかった。……そして、最後は捨てられた」
僕はストンと、元居たソファーに腰を下ろす。
「兄上なら……兄上なら、きっと、何とかして下さる。ヴィアの事も、よくわかっているし……何より、ずっと先を見通されている方だ。希少な闇属性魔法使いであるヴィアを、謂われない罪でみすみす手放したりはしないだろう……」
そうだ。ちょうどいいじゃないか。そのままいっそ幽閉してしまえば良いんだ。僕は、俯いてグラナティアを見ない。グラナティアは、何かを考えているのか、黙っている。すると、頭にたしっと何かが当たる。思わずあたった場所を押さえ、顔をあげると床に扇が落ちているのがわかる。グラナティアが、僕に投げたんだ。
「……本気でおっしゃってますの?」
グラナティアの本気の怒りが見える、地を這う様な低い声だった。
「……あなた、おっしゃいましたよね? ヴィアを幸せにすると。決して諦めないと」
はっとして、グラナティアを見る。それは、以前グラナティアとした約束だった。
「おっしゃっていましたよね?いつまでも待つと。あの時のあなたのヴィアへの想いは、その程度のものだったのですか?その程度の覚悟で、あんな事をおっしゃっていたのですか?……まぁ、随分と大見栄をはられました事!結局、口だけの男ではありませんか!」
僕はかっとして、立ち上がる。
「な……!だったら、……だっだら、どうしろというんだ!?ヴィアが求めているのは僕じゃないんだ!僕が、何をやった所でヴィアは……ヴィアは僕を想ってはくれな……」
「だったら何だと言うのです!あなたは、見返りを求めてヴィアの側にいたんですか?彼女に与えていた優しさも、愛情も、全部あなたを想ってもらう為のものだったのですか!?そんな打算的な気持ちだったのですか!?」
「打算!?」
「そうではありませんか!……そもそも、この婚約は政略的なもの。あなたにもヴィアにも、選択肢などありませんでしたわ。愛情が伴わないなら、放置しても良かった筈です。それでも、二人はそれぞれの事情を慮って、手を取り合っていたのでしょう?共に、乗り越えて来たのでしょう?」
「…………」
僕は押し黙る。グラナティアは、瞳に涙をにじませている。
「二人の絆は、その程度のものだったのですか?……わたくしは……わたくしには、ヴィアの心の内まではわかりません。あなたの言うとおり、別に求めている御人がいらっしゃるのやもしれません。でも、ヴィアは、ただ阿る為だけにあなたの側に居たとは、わたくしには思えません」
グラナティアが、ゆっくりと跪いて、縋るように両の手で僕の手を取る。指先に、グラナティアの涙が一滴落ちた。
「わたくしは、お二人が、大好きです。お二人がいたから、自分自身を信じ、愛する事ができました。お二人も、同じ筈です。お互いが側にあったから、ここまで乗り越えて来られた筈です。……もしかすると、未来は、別の道を歩むやもしれません。わたくし達は、それぞれ別の人間です。別の望みや気持ちを抱えていても、何もおかしくはありません。……でも、あなた達が築いた時間は、想いは、決してなくなったりはしない筈です」
グラナティアは、泣きやまない。僕の目からも、いつの間にか涙が零れていた。
「お願いです、殿下。ヴィアを、助けて下さい。ご自身を、信じて下さい。ヴィアは……ヴィアはきっと、今、孤独の中に居ます。あんなに寂しがり屋なのに、みんなでいる事が、大好きな子なのに……。わたくし達がいかないで、誰が側にいてあげられると言うのですか」
……グラナティアの、言う通りだ。ヴィアと共に過ごした時間は、消えずに僕の中に残っている。その一つ、一つが僕を肯定し、認めてくれている。ヴィアを助けたい。その情熱こそが、僕自身の誇りだ。
僕はグラナティアの手をぐっと握る。グラナティアを立たせ、床についていた膝を払う。
「……殿下?」
「ありがとう」
僕はグラナティアを見て、微笑む。
「一緒に行こう。ヴィアのところへ」
――……さあ、今度こそ引きこもり王子、卒業だ!




