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48【ヴィアラテア視点】寄り道の先に……


 あれから、もうすぐ一か月……。


 ブリジット様は、快方に向かわれている。

 

 リヴ兄様の言うとおり、毒を疑って調べてみると……ブリジット様の邸宅の茶葉から”スローバーン・ガットウィード(ゆっくり燃え広がる毒)”という毒草が込められているものが見つかった。その毒草は、2~3杯飲む程度では全く影響を及ぼさないのだが、毎日欠かさずに飲む事で徐々に体内に蓄積され、健康に被害を齎すと言うものだった。混入されていた茶葉は、少し癖のあるブレンドで、ブリジット様が昔から好んでいたものだった。幸い、わたくしやリヒト様は、そのスパイシーで重みのある紅茶よりライトな物を好んでいた為、あまり口にしていなかったようだ。

 

 流通元に確認するも同じものは見つからなかった為、恐らくブリジット様を狙っての事だろうという結論になったが、誰がどうやって忍ばせたのかは全くわかっていない。それも、すぐにお命を狙うのではなく、徐々に苦しめる様な方法で害するなんて……その理由が、見つからない。調査は難航しているが、原因が特定できた為、毎日水魔法で体から毒素を排する処置を受け、最近は少しずつお食事も取られるようになっていた。


 他国の貴賓が居る中で起きた事件だけに、公にはなっていないものの、警備は一際強くなった。

 アスガルズの皇太子殿下は、先んじて国へ帰り……今は使節団の皆様とリヴ兄様が残っている。



 

 リヒト様はお部屋に籠られてしまい、この一か月お部屋から出られる事はなかった。

 対外的には、急遽体調を崩され、病気療養されているという事になっている。


 わたくしは、リヒト様ともう一度ゆっくり話さないとと思うものの、リヒト様のお部屋へは向かえずにいる。

 今日はひとり王城にて皇后陛下の王子妃教育を受けていたけど、それも身が入らず、早々にお暇を命じられてしまった……。自分が情けなくなる……。


 王城の回廊を歩いていると、中庭に差し掛かる。

 ……少し、寄り道しちゃおうかしら。


 

 

 中庭に歩みを進めると、リヒト様と初めて出会ったあのガゼボが見えてくる。

 ひとり席に座ると、秋の風を感じる。小さな秋薔薇が、心地よく香って来る。


 ここで、よく一緒にお茶を飲んだ。

 リヒト様はわたくしの好きそうなお菓子を用意してくれて、わたくしはリヒト様の好きそうな本を用意して……わたくしがあの時、何も言わなければ、あの頃のまま、穏やかなまま、時が過ごせたのかしら?


 

 でも、わたくしは気がついてしまったんだもの。リヒト様と、リヴ兄様……それぞれへの想いの形が、似ているようで違う事に。

 こんな、不誠実な気持ちのまま、変わらずリヒト様の側に居る事なんて出来ない。リヒト様には、誰よりも幸せになって欲しい。わたくしが言える事じゃ、ないけれど……。


 ぼんやりとしていると、後ろから鈴が鳴るような可憐な声が聞こえてくる。

 

「……ヴィアお義姉様」

 

 振り返ると、最近ぐっとさらに大人っぽくなられた、エレノア様がいた。

「エレノア様」

「おひとりですか?わたくしもご一緒してもよろしいかしら?」

「もちろんです。お掛けください」


 わたくしは立ち上がり、エレノア様をお招きする。

 二人で腰を掛けると、エレノア様が話し始める。


「……お兄様ったら、まだお部屋からでていらっしゃらないのね。何をやってるのかしら?早く出て来ないと、わたくしお嫁に行っちゃうわ」

 ぷんぷんと、少し怒った様な口調でおっしゃる。でも、決して本気ではないその様子が、つい可愛らしくて、ふふっと笑ってしまう。

「……ごめんなさい。笑ってしまいました」

「あら。笑っていいのよ。わたくしは、いつでもお義姉様に笑っていて欲しいわ」

 二人で笑い合っていると、元気が出てくる。……やっぱり、リヒト様ときちんとお話しなくては。


 ふと目を伏せるエレノア様のお顔の色が……少し優れないような気がした。

 

「エレノア様……どこかお加減が……」

 エレノア様が驚いたように目を瞬かせるも、ふっと諦めたように笑った。

「やっぱり、お義姉様には気付かれてしまいますね。……実は最近、”夢見”が悪いのです」

「……”夢見”が?」

「はい……」


 しゅんと、肩を落とされる。風がエレノア様の髪を揺らし、それを耳に掛けながら話し始める。

「……眠ると、必ず恐ろしい夢を見るのです。飛び起きてしまうほど。気がつくと、1時間程しか眠れていなくて……眠るのが恐くて中々眠れないでいて、ようやく眠れると、また……その繰り返しで」

「まぁ……」

「侍医の言う事では、恐らく環境の変化を前にストレスを感じているのだろうと……睡眠に効くと言うお茶を頂いたのですが……効果はなくて」

「そんな……」

 すると、あっと何かを気がつかれたように、エレノア様がお顔をあげる。

「……そうだわ。お義姉様に魔法を掛けてもらえば良いんだわ!」

「えぇ!」

「ねえ、お願い。お姉さま。闇魔法は、夢路に介入できると聞きました。……私の夢を整えてくださいませんか?」


 エレノア様が、可愛らしい顔で手を組んで見つめてくる。うぅ……そのお顔には弱いのですが……。

「……エレノア様。お力になりたいのは山々なのですが……わたくしは、二次覚醒も迎えていない未熟者です。ブリジット様が伏せられている今、無理をする事はできません。それに、なにより魔力抑制具(バングル)が……」

魔力抑制具(バングル)なら外せます」

「え?」


 エレノア様が、えへんっという雰囲気で、胸を張って言う。

「実はわたくし、二次覚醒を迎えたのです。ですので、王族の直系として、お義姉様のバングルを外す事ができます」

 わたくしは目を瞬かせる。深刻な話をしていたのに、嬉しくて一気に笑顔になってしまう。

「まぁ!おめでとうございます!……あ、でも、やっぱりダメです。せめて、陛下か皇太子殿下の許可が無ければ……」

「ふふ……そうよね。ごめんなさい。無理を言いました。……あ、でも一つだけ今からお願いをしても良いですか?」

「何でしょうか?」

「わたくし、これからまた少し横になろうと思うのです。……よければ、眠るまで側にいてくださいませんか?手を、握っていて下さるだけで良いので」

 わたくしは、ほっと胸を撫で下ろす。

「そんなことで良ければ、よろこんで。さっそく、向かいましょう」


 エレノア様に無理をさせたくない。わたくし達は早々に席を立ってエレノア様の自室に向かった。

 





 エレノア様のお部屋は、リヒト様のそれとは違い、とても可愛らしく明るい印象だった。

 わたくしが応接間で少し待ち、エレノア様はシンプルなお部屋着に着替えられて戻ってきた。

 ベッドに向かい、エレノア様が寝転んだ脇に椅子を持って行って座る。


 すべらかな手を握り、談笑を重ねる。

 その内、エレノア様がウトウトして来る。わたくしは、喋るのをやめて、子守唄を口ずさむ。


 昔、お母様がわたくしをあやして下さったように……

 わたくしも何だかウトウトしてしまう……


 目をつぶっていると、不意にぎゅっと手を握られる。

 ……え? するとぱきっと音がした。

 ――え? 何が起きたの? 目を開けると、床の上に……魔力抑制具(バングル)が落ちていた。

 思わず立ち上がる。でも、エレノア様の手が離れない。


「…………なにが……」

「……何をしている!!」


 扉がばたんっと大きな音を立て開く。大きな騎士が数人駆け寄って来て、エレノア様が掴んでいたわたくしの手を引き剥がし、サイドテーブルにわたくしの体を押し付ける。その痛みと衝撃と恐怖に、声が出せない。

 

「闇属性魔法使いヴィアラテア・ルポルト!!許可なく魔力抑制具(バングル)を外し、王族を害そうとした容疑で身柄を拘束する!!」


 わたくしは、投獄されてしまった。

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