45【ヴィアラテア視点】再会
わたくしが到着した頃は、ブリジット様はひとまず落ち着いたご様子だった。
それでも顔色は悪く、呼吸が荒い。側に居たお医者様にお話を伺った。
「……やはり、根本的な原因がわからないかぎり、これ以上の治療は難しそうです。お年も召されているので、あとはご本人の体力の問題かと……」
「そんな……」
ブリジット様の側に座り、手を握る。とても冷たい。どうしてこうなってしまったのだろう。一緒にお菓子を食べたのが、つい先日の事のように感じるのに。この手で、頭を撫でてくれたのに。
「……なにかあれば、また呼んで下さい」
お医者様が護衛と共にお部屋を出て行く。部屋が、とても静かになる。
「お師匠様……」
わたくしは、ブリジット様の冷たい手を温めるように握り続けた。
それから、どのくらい時間が経っただろう。……リヒト様は、大丈夫だろうか?
わたくしが居ない事で、会場はきっとざわついただろう。そんな中、リヒト様を一人置いて来てしまった。
自分の姿がちらっと目に入る。とても素敵なドレス……。リヒト様が一生懸命考えて、贈ってくれたものだ。本当なら、今からだって向かった方が良いのだろう。でも……
「…………う゛ぅ……」
そんな事を考えていたら、ブリジット様がうめき声を出す。胸を押さえて、苦しそうに身じろぎし始めた。
「お師匠様!お師匠様!どうされたのですか?!」
ブリジット様は、答えない。どうしたら……とにかく、お医者様を。お医者様を呼ばないと!
立ち上がって、廊下に飛び出す。護衛の兵士達はどこ?お医者様を……はやく、はやく呼んで来ないと。
廊下をキョロキョロと見回すが、暗闇しかない。どこ?いつも無駄にくっついてくる癖に!
気が急いて駆け出そうとする。ふと、暗闇が動いたような気がした。
そちらに目を凝らす。誰?良く見えない。わたくしが立ちすくんでいると、影が動いてこちらに向かってくる。窓から差し込む月明かりで、その姿が徐々に見え始める。
……記憶の中の彼よりも、ずっと背も高く、体も大きくなっていた。でも、そのブルーグレーの髪と、見るとほっとする深い海の色の瞳を見間違える筈はなかった。その姿を認めた瞬間……何故ここにとか、どうしてとか、そんな事を考える前に体が勝手に動いていた。縋るようにその大きな胸に飛び込んで、気がつくと、涙をこぼしてしゃくりあげていた。
「…………に、さま。おねがい。たすけて……おししょう、さまが、お師匠様が、死んじゃう……!」
リヴ兄様は、宥めるようにわたくしの背中をぽんぽんと撫でる。
「……ヴィア。もう大丈夫だ。もう大丈夫だよ。ヴィア」
そう言うと、リヴ兄様はわたくしを片手に支えたまま、部屋に入る。自分の上着をわたくしに掛け、ソファーに座らせると、ブリジット様の側に近付き、脈を測ったり、なにか……様子を伺っている。しばらくそうしていると、ブリジット様にゆっくり手をかざし、何か魔法をかけ始めたのがわかった。何をやっているのか、わたくしにはわからなかった。ただ、泣いて乱れた呼吸を整えながら、その様子を見ていた。
しばらくすると、ブリジット様の規則正しい呼吸が聞こえる。わたくしは、思わずブリジット様の側に駆け寄る。手を握ると、熱が戻って来ていて、とても温かかった。
「……もう、大丈夫だ」
「…………どうして……」
お医者様も、匙を投げていたのに……顔色も、とても良くなっている。
「……この症状は、いつからだ?」
「……え?」
わたくしは、リヴ兄様を見て、首を傾げる。リヴ兄様の表情は、どこか険しい。
わたくしは、ブリジット様の様子を振り返る。体調を、すごく崩されてしまったのは、ここ最近だけど……少しずつ調子が悪くなったのは……
「……半年、くらい、前から……」
「……そうか」
リヴ兄様は、ブリジット様の上掛けを整える。何から聞けば良いのか、わからない。
「……どうして」
「…………恐らく、毒だな」
「……えっ!?」
驚いて、リヴ兄様を見る。リヴ兄様は、ブリジット様を見ながら、何かを考えるように眉根を寄せている。
「光属性の魔力が込められた薬があったが……毒は、これじゃ効かない。水魔法で、毒素を洗い流した」
そうだ……リヴ兄様は、水属性だった。でも、そんなことって……。
ブリジット様のお食事は、基本、城の支給品で作る。その他に欲しいものがあれば、護衛の人が別に買ってきたりもするけど……。でも、それって、つまり……。
「…………王城に、毒をしこんだ人が……?」
わたくしは、思わずぶるっと身震いする。恐い……。でも、何故?誰がブリジット様を?
リヴ兄様は、宥めるように静かに声を掛けてくれる。
「……ヴィアも、ここで飲み食いしていたんだろう?おいで……処置しよう」
わたくしは、コクンと頷く。促されるまま、ソファーに座り、処置を受けた。
握られた手から、ゆっくりと清涼な魔力が流れ込んでくるのが分かる。
リヴ兄様に聞きたい事が、山程あるのに……わたくしは、何も言えず、ただ黙ってその大きな手を見つめていた。




