44【リヒト視点】歓迎の宴
歓迎の宴席の当日。僕は正装を身に着け、ヴィアを迎えに行った。
思っていた通り、ヴィアはとても綺麗だった。デビュタントを示す白地のシルクに、金糸で胸と腰と、スカートの裾の部分に装飾が施されている。今日は、デコルテから腕まで全部出ているが、ごてごてとした飾りはないので、清楚で大人っぽい仕上がりになっている。髪は頭の後ろの低い位置で纏めてあり、耳には僕の贈ったピアスが輝いている。
「ヴィア、とても綺麗だ」
「ありがとうございます。リヒト様も、とても素敵です」
いつも交わされるこの会話に、二人で思わず笑ってしまう。
ヴィアの手を腕にかけ、僕らは談笑しながら会場に向かった。
会場には、すでに殆どの貴族達が集まっているようだった。
身分が低い者から入場する為、僕らは最後の方になる。
扉の向こうから、がやがやと人の話し声が聞こえる。
いつも通り、大きく深呼吸する。
ヴィアは、いつもそれを静かに待っていてくれる。
「……大丈夫ですか?」
「……うん。今日は、不思議と全然大丈夫だ」
二人で微笑みあって、心の準備を整えた、その時だった。
「……よし、行こう……」
「……第三王子殿下!」
衛兵が駆けてくる。なんだろう?
「なんだ?何かあったのか?」
衛兵が僕の前に跪き、胸に手を当て答える。
「はい。ご報告致します。今しがた、ブリジット・ヴァン・アルフェイム様の護衛の者から伝令が届きました。……ご危篤の状態との事です」
「「…………!」」
ヴィアが、口元を手で多い、よろける。僕は思わずその肩を支える。
「医師は向かわせたのか?」
「はい!ですが……その、手だてがないようで……」
くそっ、と心の中で思わずひとりごちる。はっとして、ヴィアを見ると、蒼白になって震えている。
僕は瞬間、逡巡する。でも……ヴィアの顔を見て、心に決める。
「ヴィア……ヴィア、しっかりするんだ」
僕はその肩を掴み、諭すように言う。ヴィアは、震えながらもコクコクと頷いている。
「ヴィア……ブリジット様の所まで、一人でいけるね?」
「……え?」
ヴィアが驚いたように、僕の方を見る。
「行くんだ。ヴィア。……僕は公務をこなさなくてはいけない。でも、粗方挨拶をしたら、必ず後から向うから。君は先に、ブリジット様の元にいてくれ」
「……でも!」
ヴィアが居なくなれば、僕は一人で会場に入場する。それだけでも注目の的になるだろう。でも今は、そんな場合じゃない。僕はヴィアを安心させるように、微笑んだ。
「大丈夫。みんなにきちんと説明してから向うから。いいね」
ヴィアは、言葉に詰まらせたけど……最後はコクンと頷いた。よし。報告してきた衛兵に声を掛ける。
「君。ヴィアをブリジット様の元へ送り届けてくれ」
「はっ!」
ヴィアは、何度か僕を振りかえった。でも、僕は笑って手を振った。その姿が見えなくなるまで、ずっと見ていた。……さあ、入場しなくては。
会場に僕が一人で入ると、にわかにざわついたのが分かった。以前なら、それだけで縮みあがっていただろう。でも今日は、ヴィアの為にも僕がしっかりしなくてはいけない。
一人、会場に向けて堂々と礼を取って、進む。グラナティアや、ルシエルの姿を遠目に見つける。二人とも、何があったのかと、心配そうな視線を寄越している。
僕は、話しかけてくる貴族達に事情を説明しながら……社交をこなしていった。
それから、おそらく2時間程経った頃だろうか。主要な貴族達には事情も話せたと思う。そろそろいいかなと、僕は会を辞する為、兄上と義姉上、フレイ皇太子殿下とエレノアがいる場所に向かった。
「ああ、リヒト……向かうのか?」
兄上は、概ね事情を把握してくれていた。僕は頷き、フレイ皇太子殿下に礼を取る。
「皇太子殿下。……歓迎の席にて、申し訳ありません。実は所用が出来、ここで失礼させていただきたく思います」
「え?そうなんだ……残念だな。多分、もうすぐ大公もやって来ると思うんだけど……」
そう……僕が中々抜け出せなかった理由に、その大公の到着が遅れている事もあった。結局、宴席当日になってしまったようで、この会にて初対面となる予定だった。僕は丁寧に頭を下げる。
「申し訳ございません。大公閣下には、改めてご挨拶させていただこうかと思います」
「いや、良いんだ。こちらこそ、ごめんね。きっと引きとめてしまっていたよね。まったく、リヴは何やっているんだか……」
体が、固まった。この3年間……ずっと忘れられなかった名前を聞いた気がして。
「…………リヴ……?」
思わずそう呟いていた。ひどく動悸がする。兄上をちらっと見ると、兄上も驚愕の様子で眼を見開いている。嫌な……とても、嫌な予感がする。
「ああ。大公の名前だよ。リヴ・レギオン。我が国が誇る、若き英雄さ。もう、ここについていてもおかしくない筈なんだけど……どうしたんだろう」
「……申し訳ありません!失礼致します!」
気がつくと、僕は踵を返し駆け出していた。ひどく、後悔した。
手を離さなければ良かった。僕も一緒に向かえば良かった。会場を飛び出し、使用人に馬車の手配を頼む。使用人達が、みんな慌てている。それでも、僕は足を止めない。大切なものを奪われてしまうような気がして、ただひたすら走った。
――――……ヴィアは今、ブリジット様の所だ。




