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42【リヒト視点】学院を案内します


 その日、僕とヴィアは学院の入り口で、ヴィクター・シュトラウス卿を待っていた。

 ヴィアは、ほんの少し緊張しているようだった。僕も実は少し緊張はしているけど……今日はヴィアを守らなくてはいけない。緊張している場合じゃないんだ。今日は、対少人数だし……僕も場数を踏んで、だいぶ大丈夫になってきている筈だ……。変な事を言わないよう、気をつけなくちゃ。

 

 そんな事を思っていると、王城の馬車が到着する。馬車から、濃いブラウンの髪をきちんと後ろに撫でつけ、軍服の様な帝国の衣装を身に付けた長身の男が降りてくる。年の頃は……30歳前後だろうか?黒い太めのリボンのような布が、眼を覆うように巻かれている。


「第三王子殿下にヴィクター・シュトラウスがご挨拶致します。本日はご多忙の中、我らの為にお時間を頂き、誠にありがとうございます」

 シュトラウス卿が胸に手をあて、礼を取る。流暢なアルフェイム語だった。僕はそれに応じ、ヴィアはカーテシーで迎える。

「いえ……貴国の繁栄の為、役に立てるなら何よりです。こちらは僕の婚約者で、名をヴィアラテア・ルポルトと申します。本日は、僕ら二人でご案内させて頂きます」

「……ルポルト侯爵家が娘、ヴィアラテア・ルポルトです。本日はお会いでき、誠に光栄でございます」

「こちらこそ、お会いできて光栄です。どうぞ以後、お見知りおき下さい」

 目が見えないから表情がわかりにくいが……口元は笑っており、声色も穏やかで丁寧だった。その物々しい見た目に反し、印象は悪くない。

 

「王国の言葉がお上手ですね」

「あ……ええ。今回の話を受けて、猛勉強致しました」


 ははは……と、シュトラウス卿は頬を掻きながら笑う。気の抜ける笑い方だ。

 ヴィアも少し、ほっとしたようだ。


「では早速、学院内からご案内いたします」


 僕らは、シュトラウス卿を伴い、歩きだした。






 



 

 概ね案内が終わったところで、シュトラウス卿が声を出す。


「実に興味深かったです。特に、研究棟の仕組みはぜひ取り入れたいですね」

「貴国は、魔道具産業が優れていると記憶しております。研究施設はどのようなものをご用意されているのですか?」

「ふむ……実は我が国では、国の管理する研究施設というのは、存在しないのです。研究成果を精査する機関はあるのですが……。教育も、各領地に委ねております。多民族国家ですからね。一つの思想に纏め上げるのが難しいのです。その分、国としては実力があるものであれば何であろうと受け入れます。各領地で叩きあげられた技術や魔道具が、最終的に皇帝の元に集まり、精査され国中に広がっていきます」

「……なるほど」

「その分、査定はかなり厳格に行われます。認可されるには、それなりの成果と収益を見越したものでなければなりません。国全体のレベルをあげる為には、僕らの様な官僚が各領地を出回り、こうして仕入れた技術を広めて基礎教育の底上げをしていかなければならないのです」


 あながち……学院を見たいと言うのは、本当に自国の教育機関を見直す為もあったのかもしれない。そろそろ案内する場所もなくなるし……、何事もなく終えられそうだ。

 

 ふと、シュトラウス卿が足を止める。僕らもそれに倣い、歩みを止める。

 シュトラウス卿は、両手を後ろでくんだまま、ヴィアに向き直る。

 

「……恐れ入りますが、ルポルト侯爵令嬢……ひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」

「はい。何なりと……いかが致しましたか?」

 ヴィアがにこやかに答える。シュトラウス卿も、何ら様子を変えず、にこやかに問う。

 

「……不躾ですが、あなたは闇魔法をどう考えられますか?」 

「どう……とは?」

 僕は事前に帝国の事をヴィアに話していた。なので、ヴィアも事情や思惑は概ね把握している。

 

「もし、魔法が自由に使えたらと、思う事はありませんか?」


 まるで雑談を楽しむかのような雰囲気だ。ヴィアは僕をちらっと見る。僕は小さく頷く。

「そう……ですね。もし、魔法が自由に使えても、今と大きくは変わらなかったように思います。わたくしには、魔獣を抑える他に用途が思いつきませんので……」 

 ヴィアが慎重に答える。シュトラウス卿はふっと笑い、なおも気軽な雰囲気で話し続ける。

「あなたは、善良な人なのですね。……闇魔法は、人の心に干渉する魔法として人々に恐れられています。一方では、魔獣をの心を静め、魔力溜りを抑制する魔法として、人々に求められています。闇魔法の使えるあなたは、どの国にとっても特別な存在でしょう。……人々の闇属性魔法使いに対する対応に、憤りを感じたりはされないのですか?」

 ヴィアは視線を伏せ、少し答えを考えている。さすがと言うべきか、シュトラウス卿は気安く接しているようで、本音を話さなくてはいけない雰囲気というか……圧力を作りだしている。助け船を出すべきか?

 僕が迷っていると、ヴィアがゆっくり口を開く。

 

「……わたくしは、普通の人間です。身に覚えのない罪で責めを負えば、憤る事もあるでしょう。けれどそれは自衛の為であって、他者を傷つける意図はございません。……人々の闇魔法への恐れも、理解できます。誰でも、自分でも気がつかない内に、自分の心や行動が操作されるかもしれないと思うと、恐ろしいと思うでしょう。……なので少なくとも今は、今の状況が最善なのだと……納得しています」

 最後は少し、自信無さ気だった。でも、一番正しい答え方だったと思う。シュトラウス卿は、呟くように声を零した。


「納得……ですか」

 

 シュトラウス卿は、腕を組み顎に手を当てて、何かを考えているようだった。口元が笑っていないと、何を考えているのか、本当にわからない。目元を隠すのは、そういう意図があるんじゃないかと思ってしまう。


 黙する事数秒……シュトラウス卿はにこっと笑い、言う。

「よくわかりました。ありがとうございます」


 その後は、何事も無かったかのように歩き出し、無事、案内が終了した。

 和やかな雰囲気で終わったのに、僕らはしばらくどぎまぎしてしまっていた。

 やっぱり外交は、皇太子殿下(あにうえ)に任せたい…。

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