40【リヒト視点】デート②
オペラの時間になり、僕とヴィアは、会場の近くにあるブティックに来ていた。
グラナティアとルシエルは、さすがにそこまで邪魔できないと、帰っていった。
多分……二人が来たのは、中々街歩き出来ないヴィアと、折角だから思い出を作りたいという気持ちもあったのだろう。まぁ……当初予定していたデートとは違ったけど、ヴィアが喜んでいたから良いか。
僕はタキシードを。ヴィアには、クリーム色のドレスを用立てた。……一応、僕の髪と瞳の色を意識したんだけど……伝わったかな?
今日は、いつもとは違う、イブニングドレスだ。ヴィアのドレスも、デコルテを出している形の物を選んだ。
ぐっと大人っぽくなって、僕の方が、子供っぽくなったような気がしてしまう。
「……えっと、とても似合ってるよ、ヴィア」
「ふふっ……ありがとうございます」
ヴィアが嬉しそうに微笑む。その顔をされると、なんだか全部何でも良くなってしまう。
ポケットのプレゼントに、さり気なく触れる。プレゼント、いつ渡そう……。
とにかく、今は時間がないから……オペラ会場に急いだ。
オペラは、終始滞りなく見る事が出来た。
最後に晩餐を食べて、ヴィアを送り届けて、解散だったのだけど……。
「え?火事……?」
「……はい。何故か、フレイムリンピッドが現れ、客席に火を放ちまして……」
フレイムリンピッドは、とても弱い火のモンスターだ。見た目がふわふわと可愛らしく、普通はむやみに人を襲わない。シールドを超えてくる事なんて、出来るような奴じゃない。
最近、本当にどうなっているんだろう?
「……そうか。怪我人や被害状況は?」
「いえ。幸いまだ営業時間前でございましたので、人的被害はございません。店の方も、大きく燃えたわけではないのですが、火を消す為に水魔法を全面的にはなってしまいまして……」
……なるほど。客を通せなくなってしまったのか。しきりに謝る店主を宥め、僕らはひとまず馬車に戻る事にした。大通りは、夜になるとまた別の雰囲気になる。店先の明かりが温かく、それだけでも心躍るようだった。
「……ごめんね、ヴィア。お腹すいた?」
「いいえ!そんな!リヒト様が謝られる事なんて何も……!お腹も大丈夫です。お昼間に、いっぱいデザートを頂きましたから」
ヴィアが、楽しそうに応える。僕はつい、ふふっと笑ってしまう。
「? どうかされましたか?」
「いや……今日はデートだ!って意気込んでいたのに、結局いつも通りになっちゃったなぁって」
ヴィアは、一瞬きょとんとした顔をするが、またすぐ楽しそうに笑う。
「ふふふっ……そうですね。いつも通りが、わたくし達には、一番合っているのかもしれません」
残念なような、ほっとしたような、そんな気持ちだ。
あ、言わなきゃいけない事があったんだ。フレイムリンピッドの件で、思い出した。
「ヴィア……そういえば、今年から”見学会”が開けそうにないんだ」
「……やはり、魔獣のせいでしょうか?」
「うん……それも大きいかな。あと、それもあって、僕も”鎮魂歌”の儀に参加できなくなった」
「え……」
「……本当に、ごめん」
「……いいえ!それも、リヒト様が謝る様な事ではありません。大丈夫です。しっかり勤めて参ります」
にっこり笑っているけど、本当はわかっている。ヴィアは今、とても不安なんだ。
ブリジット様の体調が、芳しくないから……。僕は、プレゼントの存在を思い出す。
「そうだ……これ」
プレゼントを差し出す。
「え……」
「よかったら、貰って欲しい」
「……開けても、よろしいでしょうか?」
「もちろん」
ヴィアが、小さな小箱を開ける。そこには、淡い金色の光を放つ、小さな星型の石をあしらった、華奢なピアスが入っている。
「……最近、こういうのを贈るのが流行っているんだって。僕の魔力を込めた、魔石をあしらってもらったんだ。僕の魔力だから、大した効果はないかもしれないけど……いつでも味方だよって意味で、何かの力になれたら嬉しいな」
ヴィアは、しばらく茫然と、ピアスを眺めていた。気に……いらなかったかな?
ヴィアの反応を緊張しながら待っていると、ヴィアがつけてみたいと言うので、僕が代わりに付ける。元々付けていた真珠のピアスを外し、新しいピアスをつける。思いの外距離が近くて、ドキドキしてしまう。
「……ありがとうございます。嬉しいです」
ヴィアが嬉しそうに笑ってくれた。
今、目的3を、聞くべき時かな……。
どきどきと、妙に心臓が脈打つ。ヴィアの白い頬がオレンジの明かりに照らされて、とても綺麗に見える。
「ヴィ、ヴィア……!」
僕は思わず、足を止める。ヴィアも、それに倣い足を止め、僕を見る。
「? どうか、なさいましたか?リヒト様」
「えっと……その……」
自分の鼓動がうるさい。明かりが暖色で良かった。僕の顔はきっと今真っ赤だ。ヴィアに体調を心配されてしまうところだった。
「……えっと、その……夢は!」
「夢?」
あれ?僕は何を口走っているんだろう?
「夢……というか、未来の展望と言うか……ヴィアには、何か望むものはある?」
この質問は、あっているのか?間違っているのか?良く考えたら、ヴィアにこの質問は酷かもしれない。……もう、よくわからなくなってしまった。
「夢……」
「う、うん……その、突然、ごめん……」
しょんぼりと、肩を落とす。僕は、肝心なところで決まらない。
ヴィアがくるっと前を向き、歩き出す。僕は、ただそれに着いて行く。
「わたくしの夢……は、出来れば、今のまま、いつまでもみんなで一緒にいる事でしょうか……」
「今の、まま?」
「はい……」
前を向いているから、表情が見えない。少し、声が震えている気もする。
「……わたくしは、寂しいのが嫌いです」
「……うん」
「……寂しいのは、嫌なんです」
「うん……わかった。絶対、寂しい思いなんてさせない」
なんだか急に、ヴィアの姿が心許なく見えた。僕は、思わずその手を取る。ヴィアが、少し驚いた顔をする。僕はヴィアを見つめて、精一杯微笑んで言う。
「絶対だ」
はい……と、ヴィアは呟くように言った。僕らはそのまま手を繋いで歩いた。
なんだか思い描いていたのとは、全部違ったけど……良い一日だった気がする。




