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35【リヒト視点】悩みの種


 学院の研究棟。僕とヴィアとルシエルは、その一室に来ていた。

 高等部に進むと、この棟が使える様になる。耐久性に優れており、5階建てで、各フロアに1つずつ共有の休憩スペースと、全部で24の個室がある。個室には廊下側にも大きな窓が嵌めこまれており、安全の為、外から中が見渡せる作りになっている。


 僕らは中等部を卒業した時点で魔法の基礎を修習したとみなされ、保護者の監視下でなくとも魔法を使う事ができるようになる。各々、自身の魔法の特性を研究し、領地で役に立てる方法を探したり、修練して国防に役立てる方法を探したり、魔道具の研究を続ける者もいる。


 この研究棟の個室では、魔道具の研究をしている者が多い。学生とはいえ、新しい魔道具を開発すれば個人に特許が与えられるので、実際、在学中にこの部屋から素晴らしい魔道具を生み出した例が幾つもある。


 時間で予約制になっており、授業の空き時間等に使用する者もいるが、この学院に通う様な子息子女達は領地運営の勉学に多くの時間を割く為、ここが満室になっている事は殆どない。

 僕らは、空き時間はいつもここに待ち合わせて、魔法の研究や修練を共にしていた。



 今、僕らは一足先に、この個室に来ている。シンプルなつくりで、燃えやすいカーテンなどは使われていない。観葉植物が1つ、部屋の隅に置かれている。簡素なテーブルとイスが数脚、ソファーが1つ置かれており、軽く仮眠もとれるようになっている。

 僕らはテーブルを囲んで、各々の勉強をしながら、グラナティアを待っている。すると、ノックの音と共に、グラナティアが入って来た。


「お待たせいたしましたわ。…………あら?またですの?」


 また……そう、ここのところずっとこの調子だ。

 僕の斜め隣には、ヴィアが肩を落とし、俯いて座っている。あからさまに落ち込んでいる。

 グラナティアが、ヴィアの隣の椅子に腰かける。鞄の中から、必要な勉強道具を取りだし、ヴィアに声を掛ける。


「ヴィア。そう落ち込んでいても、仕方ないではありませんか。こればかりは、いつ訪れるかわからないのですから……特にあなたは、普段はバングルで魔力を抑制されているわけですし、多少人より遅いのも致し方ない事ですわ」


 実は、僕もヴィアも二次覚醒をまだ迎えていない。ヴィアは、その事を気にしているのだ。僕らの年頃になると、既に二次覚醒を迎えているという者の方が多くなる。ルシエルは14歳の時に既に迎えており、グラナティアに至っては10歳の頃にはもう二次覚醒を迎えていたと言う。


「僕らもさっきからそう言っているんだけど……ヴィア姉さん、今日、教師からほんのり嫌味を言われてしまったようで……」

「……まぁ!どなたですの!? わたくしが、正式に抗議に参ります!」

 

 ヴィアがプルプルと首を横に振る。そんな様子も可愛いけど、落ち込んでいるのは見て居られない。

「ヴィア……。焦る気持ちはわかるけど、元気だそう。ほら、大好きなお菓子持って来たよ」

 僕はヴィアの好きなお菓子を取りだし、前に差し出す。

 すると、ヴィアはふっと顔をあげて、お菓子を手に取る。その様子に一同、ちょっとほっとする。


 最近、特にヴィアが焦っているのには、理由がある。

 ブリジット様の体調が、芳しくないのだ。年に4回とは言え、遠方に行かなければいけない”鎮魂歌”の儀が、かなり無理をしないといけない状態になってしまっている。ヴィアは、ブリジット様に無理をさせたくなく、自分が一日でも早く覚醒を迎え、”鎮魂歌”が出来る様になれたらと考えているのだ。


「ごめんなさい……でも、出来る事がなくて、余計に気持ちが急いてしまって……」

 

 よしよしと、グラナティアがヴィアを慰めている。

 一応、ヴィアの方が一学年上なんだけどな……この二人はいつも立場が逆転している。


「さぁ……しっかりしなさい。ヴィア。そんな調子では、余計に周囲に侮られてしまいますよ。いざ覚醒を迎えた時に、きちんと役目を果たせるよう、今は学びを深めましょう」

 ヴィアが、グラナティアの言葉を受けて、コクンと頷いた。それはそれとして、僕の方も実はさり気なく悩んでいる。


 僕は今なお、砂粒程度の光を出す魔法しか使えない。僕は、別にそれでもいい。順当に行けば、ヴィアの生家であるルポルト侯爵家の領地を任される事になる筈だ。まずは、領地運営の知識を得れば生きて行くのに問題はない。もし、どうしても魔法に関わっていたいなら、領地運営の傍ら、魔道具作りに精を出したって良いんだ。

 

 ただ……問題は、そもそものこの婚姻の具体的な話が進まないという事だ。”鎮魂歌”の見学会を経て、かなり多くの賛同を集められたように思う。けれど、頑なに闇属性魔法使いが世に出る事を、望んでいない者がいる。その真意は、純粋に闇魔法が国に及ぼす影響を懸念してという者もいるだろうが、単に、思いの外上手く育った僕と娘を婚姻させることで、王家との繋がりを得たいからと言う者も多数いる。特に、商売を手広くやっている領地の者などはその傾向が強く、最近、動きもあからさまになってきた。


 学院内で、僕に直接絡んでくる者は、まだ良い。僕が相手にしなければ良いだけだから。けれど、その手の者達は、その矛先をヴィアに向ける事が多い。ヴィアはヴィアで、この婚姻に置いて自分が闇属性魔法使いである事を引け目に思ってしまっていて、何をされても強く出られずにいる。1学年とは言え、学年が違う事が今はとても大きく感じる。


 ルポルト侯爵も、矛先が確実になるまではと、基礎的な領地運営の知識しか教えてくれない。機密に関わって来るから、当たり前かもしれないけど……どうしても歯がゆく感じる。


 貴族達を動かせないのなら、民意を動かしたいところだけど……あの神聖な儀式にメディアをいれるのは、どうも気が乗らない。僕だって、ブリジット様に無理をさせたくないし……。


 皇后陛下が、()()()()()()()()()は婚約者は挿げ替えないと、具体的な年齢をぼやかして明言して下さっていたのが、せめてもの救いだ。


 

 前途多難だ。

 

 僕も思わず空を仰ぎ、溜息を吐く。見た目は立派に育っても、まだまだ出来る事が少ない。

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