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33【グラナティア視点】あの日の真実


「はい!……嬉しい。スエロ公爵令嬢は、何がお好きですか? わたくしは、お菓子が好きなのですけれど……」


 なんだか、おかしなことになってしまいましたわ。

 目の前で、可愛らしい人が、お菓子の事を嬉しそうに話している。

 そもそも、この子はここがわたくしの夢の中だって、覚えているのかしら?

 不法侵入も、いいところだわ。


 思わず、ふふと笑みがこぼれる。

 こんな風に笑うのは、いつぶりだろう?


 この子と初めてあった、お茶会の日を思い出す。


 

 

 

 彼の婚約が決まったと聞かされた時、彼と会えなくなって、もう2年が過ぎていた。

 婚約をみなに披露する茶会が開かれると聞いて、もれなくわたくしも招待された。

 

 彼が部屋から出てくるという事実が、まずは嬉しかった。心が、救われた気がした。

 

 でも、“婚約”という言葉に、モヤモヤとした。父からなんとなく、その事情を聞いて……『なんだ。政略上仕方なくか……』と、一人心を落ち着かせた。彼は優しい人だ。可哀相な闇属性魔法使いに、同情したのだろうと。


 茶会で久しぶりに会った殿下は、以前よりずっと大人びて、とても素敵になっていた。

 言葉を交わすのが、どきどきと、すこし緊張してしまうくらい。

 

 でも……その隣にはこの子がいた。藍色の美しい髪。紫紺の瞳。甘い雰囲気の美しい少女。

 

 ヴィアラテア様を害する気なんて、全くなかった。そもそも、仲の良い異性の幼馴染なんて、気持ち良いものでもないだろうと……そう思って、敢えて名前で呼ばず『()()()()()()()()』と家名で呼んだ。それが、正しいと思って。


 彼とこの子を遠巻きに見ていた。穏やかな雰囲気だった。政略とは思えないくらい、仲が良くも見えた。

 わたくしの知らない間に、何があったんだろう? とても、良い人そうだ……。

 闇属性魔法使いなんて、感じさせもしない。常に明るく、穏やかな空気を纏っている。

 心がぎゅーっと、締め付けられるみたいだった。


 不意に、彼女が驚いたように後ろに下がる。彼は、その肩を支えた。

 その瞬間。自分でも驚くくらい、胸が痛くなった。


 彼の特別は、わたくしだったのに。わたくしの特別は、今なお、彼のままなのに。


 触らないでって、叫んで、突き飛ばしたくなった。綺麗な顔を、はたきたくなった。

 あなたなんて……幽閉されてしまえば良いと……。

 そうすれば、わたくしはまた彼の隣に並べるのに……と。

 

 ああ、本当に自分はなんて……自分の心は、なんて……


 「…………醜い事……」


 気がついたら、そう呟いていた。ふと顔をあげると、周囲の空気がおかしい。

 え?なにが起きたの? みながわたくしに注目している。なにが一体起きたの?

 それからは、とてもびっくりする事が起きた。何を言われても、『僕に責任の一端がある』と、受け止めていらっしゃったリヒト殿下が、怒りを露わにされた。

 

 「グラナティア……いや、()()()()()()()

 グラナティアは、びくっと体を揺らす。

 「ち、違……、誤解です!わたくしは、……」

 「……見損なったぞ」

 「…………っ――!」


 違うのに。彼女の事を言ったのではないのに。……でも、何が違うんだろう?

 彼女に嫉妬する、わたくしの醜い心が、結果的に、彼女の心も傷つけた。

 なにも、違わない。悪いのは、他の誰でもない、わたくしだった。


 たまらず、その会を辞した。辞する際、皇后陛下にご挨拶しにいったのだけれど、その時の事はよく覚えていない。あんなに、憧れていた人に会いに行ったのに。ただ、自分の暴れる心を静めたくて、必死だった。……そしてその日の夜、わたくしは第二次覚醒を迎えた。体が抵抗するように、熱を出した。



 


 体も心も少しずつ立ち直り、久しぶりに社交の場に出てみると、わたくしに友人と呼べる人はいなくなっていた。


 教室で、クラスメイトの男子と女子数名で、わたくしの座る椅子になにやら小細工をしているのは、知っていた。あの茶会まで、わたくしの側にいた面々だ。そもそも、本心で近づいて来ているわけではない事を知っていたけど、なんとまあ卑しい事……。概ね、当てが外れたので、その奴当たりでもしたいのだろう。

 わたくしの私物ではなく、学院の備品に手を出すあたり、小賢しい。針でも置かれているのかしら?と思ったけど、そこまでの度胸は無いようだ。それでも……心は軋んだ。


 彼が、わたくしの椅子の足を折った時、とてもびっくりした。

 あんなに軽々と椅子の足を折って……周囲の人間もみんな驚いていた。


 「ごめん。君の椅子、()()()()()()()壊してしまった。僕の椅子を使ってくれ。今、急いで新しいのを用意させるから」


 そう言うと、彼は何食わぬ顔で、自分の椅子と交換してくれた。

 ただの、椅子なのに。とても守られているような気がした。


 彼が、彼のまま、優しくて強くいてくれる事が嬉しかった。


 

 そんな彼を……自分を、追い詰める社交の場を、恨めしく思った。

 でも、彼は、どうして出て来られたのだろう。

 どうやって、この難所を、乗り越えたのだろう?



 


「リヒト殿下は、一瞬も、あなたを疑いませんでした。『醜い』と言ったあなたの言葉も、そんな事をわたくしに言う筈がないと。本当に、良い子だからと。わたくしも、心からそう思います」

 

 そんな筈無い。だって、彼はわたくしに怒りを向けて居たもの。でも、彼は助けてくれた……



「あなたは、素敵です。正解が、わからないとおっしゃっていましたが、わたくしは、今のあなた以上に素敵な”正解”なんて、あるのかしら?と疑ってしまいます」


「わたくしは、今のままのあなたが、大好きになりました。あなたは、美しくて、愛らしくて、とても綺麗な方です。わたくしのほうこそ、あなたのようになりたいと、思いました」


 

 ああ、そうか……。

 彼女と話していて、気がついてしまった。自分も同じ境遇に立って、わかってしまった。

 あの時、彼に必要な言葉は、一緒に頑張ろうと背中を押す言葉ではなかったのだ。きっと、素直な言葉で、今のままで十分だと、受け止めて貰う言葉だったのだ。そうじゃないと、頑張れないくらい、この世は生きづらいから……。

 

 

 意識が覚醒する。見学会の会場に、戻って来ていた。

 隣で父がぼんやりとしている。その頬には、涙の跡がある。

 何が合ったんだろう?


「……お父様?」

「……うん。お母様に会ったよ」

「え?」

「君の、お母様に会った」

「……」

「やっぱり君は、お母様に似ているね」


 私達の愛しい子……と、父が頭を撫でる。涙が溢れて来た。

 忘れていた。わたくしは、わたくしのままで、十分だったんだ。


「……お父様」

「ん?」

「わたくし、彼女とお友達になろうと思います」

「え?」


 父は首を傾げる。私は涙をぬぐい、微笑む。

「ヴィアラテア・ルポルト様と、お友達になりたいです」

 そうか……と、父は再びわたくしの頭を撫でる。


気がつくと、霧がすっきりと晴れていた。


 彼への思いは、募るばかり。でも、彼女との時間は、不思議ととても心地よかった。

 二人の未来を、見届けたい。せめて、学院にいる間だけでも……。

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