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32【ヴィア視点】最後は目的とか二の次でした


 会が滞りなく進む。

 

 ブリジット様に引き渡す様に詠唱を終え、一息つく。

 もうすぐ、ブリジット様の詠唱も前段階から本筋へと移行していく。

 さあ。ここからが本番だ。


 リヒト様とグラナティア様の位置を確認しようと振り返ると、

 リヒト様が急に立ち上がった。……?なにか問題でも起きたのかしら?

 不意にこちらを見る。なんだろう?何を伝えようとしているの?


 ――……っえ?!


 そう思っている間に、走って出て行ってしまった。

 

 今のわたくしの実力では、狭い範囲が精一杯だ。

 目の前にいてくれないと、二人を夢の世界に誘う事は出来ない。


 どうしよう……折角目の前に、グラナティア様がいるのに。


 すこし思考を巡らせる。ブリジット様の”鎮魂歌”が、より一層深みを増す。

 みんな、思い思いに、夢を見始めるころだ。

 

 蛍のように立ち上がるそれが……中には、今は亡き大切な人の姿に見える人もいるらしい。


 心を癒す様に、励ます様に、ひとりひとりに優しく闇が寄り添う。

 

 森が呼応するようにざわめく。


 ……戻って、来ない。

 どうするか数秒悩む。でも、チャンスを逃したくなかった。



 

 ブリジット様の言ったように、私は少し焦っていた。

 リヴ兄様が、平民になったと聞いて……

 大切なものを、置いて来てしまった事実に、今更ながらに気がついて。

 でも、どうすることもできなかったんだもの……。


 お父様を始め、わたくしを思ってくれている全ての人の思いを、叶えたかった。


 わたくしは、頑張らなくてはいけない。

 頑張って、()()()()()()()()()いけない。

 でも、いくら頑張っても、手ごたえは薄かった。

 

 宰相閣下の愛娘であるグラナティア様との関係が、修正出来れば……

 もしかしたら、一歩前進できるのではないかと思いついた。

 ……そんな、利己的な心を持っていた。


 本当に、ごめんなさい。

 

 リヒト様にリヴ兄様の事を話した時には、そんな浅ましい自分の心に気がついていた。

 リヒト様は、優しく過去の出来事を聞いてくれた。

 一人じゃないと……必ず会えると、励ましてくれた。

 

 ダメね。いつまでも過去に囚われて……。


 だから、せめて。せめて、優しいあなたの力になれたらと思う。

 わたくしは、グラナティア様に意識を向けた。





 ……暗闇の中を進んでいく。


 すると、明るい場所に行き着く。


 ここは……王城のお庭?



 大きな樹に、簡易なブランコが作られている。

 そこに一人、彼女は座っていた。


「こんにちは」


 深紅の髪が揺れ、朱色の瞳がこちらを向く。


「あなたは……なぜ、ここに。……わたくしは、なぜ、ここに……?」

 

「ここは、あなたの夢の世界です」

「わたくしの?」

「ええ。……すこし、お話しませんか?」


「話……」


 わたくしは、グラナティア様の側にあったベンチに座る。


「……本当は、リヒト殿下がここに来る筈だったんです」

「え……?」

「……でも……来れなく、なってしまって」

「……」

「……代わりに参りました」


 グラナティア様は、まだどこかぼんやりとしている。ブランコに座ったまま。

 陽の光の温もりを感じる。風が吹き抜け、小鳥がさえずる。現実世界と寸分変わらない世界。

 夢見が悪くならないよう調整はしたけど、彼女の夢が穏やかなもので本当に良かった。


「……ごめんなさい」

「え?」

 先に口を開いたのは、グラナティア様だった。


「あの時……本当に、あなたを貶める意図はなかったのです」

「……はい」

 

「…………醜いと、思ったのは、わたくし自身の事だったのです」

「え?」

 思わず、グラナティア様を見る。

 美しい彼女の、何が醜いと言うのだろう?


「……わたくしは、あなたになりたかった」

「え?」


 すっと、グラナティア様が立ちあがる。

 無理なく背中はまっすぐに伸び、優雅に手を組むその姿は、どこか皇后陛下を思い出させた。


「わたくしには、母がおりません」

「……」

「だからこそ、誰にも揶揄されないよう、人一倍努力を重ねて参りました」


「……はい」

「……今も、その思いは変わっておりません」

「はい」


「……でもあの時から、正解が、見えなくなってしまったのです」

「え?」


「あなたに会った、あの時から」


 グラナティア様がこちらを見る。

 口元は微笑んでいるけれど……切なくなってしまうような、苦悶の表情だった。


「わたくしの問題に、あなたを巻き込みました」


 グラナティア様が、ゆっくりと腰を曲げる。


「本当に、ごめんなさい」



 


 ……ああ、なんて、心根の正しい、美しい人なんだろう。

 

「……謝らないでください」

「……」

「……わたくしも一緒なんです」

「……え?」


 弾かれたように、グラナティア様が顔をあげる。

 わたくしは、自分が恥ずかしかった。

 思わず、グラナティア様から視線を逸らし、自分の手元を見る。


「……いえ、わたくしの方がもっと、浅ましいのです。わたくしはきっと……とっても恵まれているのに。優しい両親に……友人に、リヒト様も、みんな、わたくしの事を思って、動いて下さっています」

「……」

「それなのに、わたくしは、いつも自分の事ばかりなのです。いつも、儘ならない心を、持て余しているのです。今日だって、わたくしは自分の為に、ここに来ました。……本当は、いけない、事なのに」


 グラナティア様は、何も言わない。 

「本当に、ごめんなさい」




 沈黙が流れる。こんな事言っても、グラナティア様を困らせるだけなのに。

 不意に、グラナティア様が動く。


「お隣に、座っても?」

「……はい!」


 わたくしは少し横にずれ、スペースを空ける。

 グラナティア様は、綺麗に腰を掛ける。


「わたくしは、あなたの事情の子細を、存じ上げません」

「……はい」


「なので、今の発言から推測する、客観的な事実しか述べる事ができません」

「…………はい」


「そもそも、論点がずれているように思いますわ」

「………………え?」

「『儘ならない』という事は、あなたには何か叶えたい思いがあり、それが叶わないために『儘ならない』と表現されているのかと思いますが……正しくて?」

「……はい」

「周囲の人間に恵まれていて、その者達があなたの為に動いているのに、あなたの願いは叶わないという事ですわね?」

「…………は、はい」

「なら、動くのをやめさせるべきです」

「え?」

「だって、あなたの為になっていないのですから」


「……で、でも、みなさま良かれと思って」

「良かれと思って本人の望みでない事をしたら、それはただ鬱陶しいだけです」

「………………」


 何でしょう…………とても、

 とても面白いです!

 わたくしは、思わず笑い出してしまった。

 グラナティア様は、怪訝な顔でわたくしを見ています。


「ふふ……ごめんなさい。その通りです。グラナティア様は、素敵な方ですね」

「……え?」


 グラナティア様は、きょとんとした顔をしている。わたくしは、率直に話す事にした。


「……今、ほんの少しお話しただけでも、とても素敵だなと思いました。公平で、理性的で、”正しくあろう”とされていて……突然現れたわたくしの言葉にも、真摯に耳を傾けてくれて、とても優しくて、心根の美しい方だなと感じました」

「…………」

 

「……きっと、たくさん、努力されたのですね。お父様のお力も、大きかったのかしら。リヒト殿下の言っていた言葉が今ならよくわかります」

「……え?」


 グラナティア様は、首を傾げている。わたくしは、つい、笑顔になってしまう。


「リヒト殿下は、一瞬も、あなたを疑いませんでした。『醜い』と言ったあなたの言葉も、そんな事をわたくしに言う筈がないと。本当に、良い子だからと。わたくしも、心からそう思います」

「…………」

「あなたは、素敵です。正解が、わからないとおっしゃっていましたが、わたくしは、今のあなた以上に素敵な”正解”なんて、あるのかしら?と疑ってしまいます」


 グラナティア様は、戸惑うように視線を彷徨わせる。困らせてしまっているかしら?でも、言葉が止まらない。


「わたくしは、今のままのあなたが、大好きになりました。あなたは、美しくて、愛らしくて、とても綺麗な方です。わたくしのほうこそ、あなたのようになりたいと、思いました」

「……」

「お友達に、なれませんか?」

「え?」

「わたくし達、お友達になれないでしょうか?」

「……それは、」


 グラナティア様が、言葉に詰まる。もうひと押しだ!

「お願いします」

 

 祈るような気持ちでグラナティア様を見つめる。じーーっと見つめ続けると、最後は根負けしてくれた。

「…………わ、かりましたわ。でも、わたくし、結構あたりは強い方でしてよ?」


 わたくしは、ついぱぁっと、笑顔になる。

「はい!……嬉しい。スエロ公爵令嬢は、何がお好きですか? わたくしは、お菓子が好きなのですけれど……」


 その後は、楽しく、好きな物の話などをした。

 今日の目的とか、最後はすっかり、忘れてしまっていた。

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