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31【リヒト視点】別に僕はあがり症じゃない


 ”春の祭典”の始まりを告げる鐘の音が聞こえる。

 幸い、今日は気持ち良い程の晴天となった。

 今回の”鎮魂歌”の見学会は、第三王子主催の公務となる為、僕は正装を身につけている。

 王族を表すマントをつけ、髪を後ろに撫でつける。


 あの茶会の時の服装と、大きくは変わらない。でも、こうしてみると自分でも随分と成長したように思う。

 兄上程じゃないかもしれないけれど、随分と様になって来たと思う。

 

 聖堂の控室で、最後の身支度を終え外に出る。

 午前の日差しが、ステンドグラスを通して聖堂内を照らしている。

 

「リヒト様」

 

 ヴィアは、今日は異国風のシンプルな白いドレスを着ている。古代の女神様みたいだ。

 緩やかに波打つ藍色の髪は、顔の横の部分だけサイドに編み込み一つに結び、後ろに流している。

 

「ヴィア。その姿も素敵だね」

「ありがとうございます。リヒト様もとても素敵です」


「ブリジット様は?」

「恐らくもう到着されると思います」

「そう……」


 僕は、何度か深呼吸を重ねる。

 

「ブリジット様が到着されたら、わたくしはブリジット様のご準備の手伝いに参りますね」

「うん」

「……ほんの少しだけ離れて、またすぐ戻って参りますので」

「うん」

「…………」

「…………」


 ヴィアが、じっと僕を見てくる。僕は、ヴィアの方を向かない。

 

「…………大丈夫ですか?」

「なにが?」


 じっとり、手のひらや背中に汗は掻いているけど、ほんの少し緊張しているだけだから。

 

 これでも最近は、普通に話せるようになってるし。引きこもりだったなんて嘘みたいだ。みんな僕が引きこもりだった事なんてすっかり忘れているだろ? 皇后陛下(ははうえ)は、僕をあがり症だとか人見知りだとかいうけど、そういうんじゃないんだ。

 

 僕の学院での姿を見てよ。すっかりスマートな王子様じゃないか。別に、貴族位を持つ大人達がずらずらとやって来るからって、それが何だって言うんだ。学院と変わらないさ。それに僕は、一対一、ないし少数の中でじゃないと、話せないとかそういうのでもないんだ。王子の仮面を被ってさえしまえば、何て台詞で言い返すかなんて自然と出てくるし。いつもと違う環境が恐いとか、人前が恐いとかそういうんじゃないから。ただなんて言うか、客観的に自分を評価してしまおうとする癖がついていて、それが割と厳しい査定で、一挙手一投足が普段より多くの人に見られていると思うと、緊張感が普段の数倍増してくるだけで……そもそも人はこの人生という名の舞台に上がっている演者であると言われていて、だから評価されるのは致し方ないわけで、そうなってくると正解はどこなのかな?とか思うでしょ? 誰でも正解を求めるものだと思うし、ともするとこれはもはや生理現象とも捉えられるわけで………………


 

「あの……」

「……大丈夫。僕の事は気にしないで」

「…………」


 つまり、ほんの少し緊張しているだけだから、触れないで欲しい。





 

 

 ブリジット様が無事到着し、ヴィアが持ち場を離れる。

 僕は引き続き、聖堂の入り口付近で来訪者への挨拶と案内をする。

「殿下」

 通る声が聞こえ、振り返る。そこには、スエロ公爵と……グラナティアがいた。深紅の髪を巻き上げ、赤紫色のドレスがよく似合う。俯きがちで表情は暗いけど、来てくれたんだ。

「お久しぶりでございます」

「ああ。スエロ公爵も息災そうで何よりだ。……スエロ公爵令嬢も。今日は来てくれてありがとう。どうか楽しんで行って欲しい」

「ありがとうございます。では」

 聖堂の奥に消えて行く、後ろ姿を見送る。ヴィアの魔法を使ってもらう事が、実は、今になって正しい事なのか、迷っている自分もいる。

 彼女は、僕と話したくないのかな?……だとしたら、迷惑になるんじゃないだろうか。

 でも……せめて味方であると、伝えられたらいいな。

 

 程なくしてルシエルも到着して、言葉を交わす。概ね参加予定の貴族達が着席する。

 いよいよ、”鎮魂歌”が始まる。




 最後の一人を見送って、僕も王族席に着席する。

 石の祭壇からは、みんなほんの少し距離がある。まずは祭壇に兄上があがる。


「本日のこの良き日……我がアルフェイムでは”春の祭典”が執り行われる。誰もが喜び、幸せを感じる3日間になるだろう。けれど、この平和は人の手によって守られているものだと言う事を、思い出して欲しい。その大きな役割の一旦を担ってくれているのが、闇属性魔法使いである彼女らだ。私は、本来であれば全ての国民に、この場に訪れて欲しいと思っている。本日、貴殿らは、奇跡の力を目にするだろう。ぜひ、その体験を、多くの人に伝えて欲しい。……ブリジット・ヴァン・アルフェイム、ヴィアラテア・ルポルト、前へ」


 兄上の言葉に応じて、二人が祭壇に進む。ブリジット様も、ヴィアと同じ形のドレスに、白いローブを身につけている。ヴィアの手には、大きな杖が握られている。杖を一旦脇に置き、二人は兄上の前に跪き、魔力抑制具(バングル)のついた両腕を高く上げる。兄上がその腕に掌をかざすと、兄上の姿が、ほんのり光を放つ。黄金の髪と瞳が、より一層神々しく輝く。するとぱきっと小さな音を立てて……バングルが落ちた。にわかに会場がざわつくが、すぐに静まる。兄上はそれを見届けると、祭壇から去り、僕の隣に腰掛ける。


 

 祭壇には、ブリジット様と、ヴィアだけが残る。

 ヴィアから杖を受け取ったブリジット様は、森に向き直ると、杖をトン、トン、トンと何度か地面に打ちつけた。

 

 その音に合わせて、ヴィアが一歩後ろで詠唱を始める。何て言っているのか、全く分からないけど、その旋律はどこか子守唄のようにも聞こえる。幼子を宥めるような、眠気を誘う音だった。そんなに大きな声では無い筈なのに、魔力に乗せている為か、不思議と側で口ずさんでいるのかと思う程よく聞こえる。

 

 少しの間、その旋律に身を任せていると、次の瞬間……ゾワっと全身が反応する。

 

 恐らく、会場にいる全員が、感じていた。側にいる護衛が、思わずと言った体で、腰の剣に手を掛けている。

 僕も、無意識に魔力を放ち、身を守ろうとしていた。

 

 祭壇を見ると、ブリジット様の足もとから、黒……なのか、藍色なのか紫なのか……見た事のない色の光が生まれている。よく見ると無数の糸のようにもみえるそれを見つめていたら、あっという間にそれが広がり、波にのまれるようにその中に身を置いていた。

 明るかった筈の周囲が、夜のように暗くなり、会場がざわめき出す。夜がどんどん広がっていく不思議な感覚だ。呼応するように、森がざわめく。思わず兄上を見るが、兄上は何食わぬ顔で祭壇の二人を眺めている。



 ブリジット様が、ヴィアから引継ぐように旋律を紡ぎだす。

 わぁ……と、歓喜のどよめきが広がった。ブリジット様の声に合わせて、蛍のような、星のような、無数の光が静かに生まれ、僕らの足もとから天に向かって立ち上る。眩しいくらいの光が、泡のように湧き上がる。その感覚に慣れてきて、僕は周囲を見回す。



 

 ふと、僕を見る視線と、目が合った。


 フードを目深く被った、男の姿だった。隙間から、男の顔が見える。

 招待客では……ない、けど……見覚えのある顔だった。

 

 僕は思わず立ち上がり、慌ててヴィアを見る。

 ヴィアは、そんな僕に気がついたのか、驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 

 

 男が会場を去ろうとする……まずい、時間が無い!

 

「……!……リヒト!」

 

 気がついたら、男を追って動き出していた。

 後ろで兄上の声が聞こえた気がしたが、止まらなかった。


 祭壇を見る人々の邪魔にならないよう、ぐるりと人の輪を抜け、聖堂に入る。

 ……いない!

 聖堂の扉に急ぎ、外へ出る。

 


 目的の人物が、馬に乗ろうとたずなを引いていた。


「…………待て!」


 フードの隙間から、深い海の色の鋭い瞳がこちらを見る。


「……待ってくれ、リヴ・オセアン」


 

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