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29【リヒト視点】夜の女神ノクタの聖堂


 実はケントニス伯爵令嬢から話を聞いて以降……僕は、何度かグラナティアに接触を試みている。


 スエロ公爵からは、『自分か娘のどちらかは必ず参加する』と手紙を貰っている。

 グラナティアは確かお母上が幼い頃、他界されている筈だ。二人で来てくれたらいいのに。

 できれば、グラナティアに来てほしいと直接伝えられたら良いなと思っている。

 それで、さり気なく仲直りできたら、なにもヴィアに危険な賭けをさせなくても良いじゃないか。

 

 

 挨拶くらい旧知の仲なら普通にする筈だし、長い時間話さなくても、伝わるものはある(?)筈だ。

 でも……グラナティアは、僕が近付くと、席を立つ。


 廊下で見かけると、消える。さっきまで構内に居たのに、いつの間にか、外を歩いていた事もある。

 優雅で、気品のある姿なのに、何故か足が滅茶苦茶早い。まるでうちの皇后陛下(ははおや)みたいだ。


 僕は僕で、王子様スタイル(?)を維持しているから、走って追いかける事も出来ない。

 このイメージに支えられている僕は、このイメージが崩れるのは本当に死活問題なんだ。

 それに……仮にそれができても、また別の噂が生まれる気がする。

 

 

 一度だけ、昼食をひとりで取っている姿を見かけた事がある。

 なんだか、思い詰めたような空気だったから、その時も声を掛けようと近づいたけど、立ち去ってしまった。

 食べている途中に見えたのに……。

 

 本当は、僕と話すのが嫌なのかな。

 やっぱり、酷い事を言ったから……完全に嫌われてしまったのだろうか。


 でも、追いかけっこに疲れてヴィアに話を聞いて貰いに行くと、少し後ろにいたりする。


 ……そんな静かな攻防戦が繰り広げられている。




 そんなこんなしている間に、”春の祭典”の日が近づいてきた。

 今日僕は、ヴィアとオークの森にある”夜の女神ノクタ”の聖堂に行く事になっている。


 精霊の森は、アルフェイムの中にも数か所あるが、取り分け大きいのが、闇属性魔法使いの回る4か所だ。常時濃い霧に包まれていて、その入り口は、別の世界へ繋がっているのではないかと思う程、暗くて静かだ。

 静かなのに、()()()()()()()()()()()……そんな場所だった。


 ノクタの聖堂は、そんな森の入口にあるらしい。馬車に揺られて、森の小道を走る。木漏れ日が漏れて、肌を照らす。さり気なく、手元にあるその光で遊ぶ。温かな陽気の今頃でも、ここはとても涼しい。魔獣よけのシールドの内側であるにも関わらず、既に最奥の森から溢れ出る霧が微かにあたりを包んでいる。

 

 小道を少し進むと、開けた場所に辿り着く。白亜の三角屋根の聖堂。まるで、ちいさな教会のようだ。


 中に入ると、アーチ状に天井が続き、夜の女神ノクタの像が携えられている。アルフェイムは多神教だが、主神は、光の神ローファだ。ノクタの像がメインで置かれているのは、とても珍しい。その奥とサイドの壁には、夜空を表す月と星のスタンドグラスが嵌めこまれている。ノクタに向かうように並べられた椅子からは、木のぬくもりと共に歴史を感じる。


「……こんな大きなノクタの像、初めて見た」

 ノクタ様の像を見て言う。先日話して以来、ヴィアはすっかり落ち着きを取り戻したように見える。今日は藍色の髪と紫色の瞳に良く似合う、淡い薄紫色のワンピースを着て、長い髪を編み込んでいる。

 ヴィアは最近、どんどん綺麗になっていく気がする。僕ももう少し……身長が伸びないかな。家系的にあまり大きくないんだよな。

 

「……リヒト様は、”精霊還り”という言葉を知っていますか?」

「”精霊還り”?」

「はい。わたくし達は、魔力を持って生まれてきます。けれど、儚くなった後、魔力だけがこの世に残ってしまうそうなのです。そして、その魔力は一時の休息を経て、また新たな命に宿り磨かれ続けると……魔力溜りの濃い霧は、休息中の魔力なのだと、闇属性魔法使い(わたくしたち)は教わるのです。なので、魔力溜りの濃い霧の事を、“精霊還り”と、そう呼んでいます」

「へぇ……」

「夜の神ノクタは、休息を求める魔力達を引き寄せ、この地に留め、安らかな眠りに誘ってくれる存在と言われています。”鎮魂歌(レクイエム)”という名前も、実はここから来ているのです」

「そうなんだ……」

 

 聖堂の奥の扉から、外に出る。

 広く開けた空間が広がり、中央に石作りの祭壇が置かれている。


 森がその前を囲うように広がっている。


 祭壇に近付くと、所々にヒビや欠けた部分が目に入る。

 足元に蔦が巻いている。


「ここの管理は、普段誰がしてるんだ?」

「はい。近くのローファ様の神殿の方が、順番に管理にいらしてくださっている筈です」

「なるほど……」

 だからこんなにも人がいないのに、どこか清涼に感じるのかな。


「見通しは良いから、護衛の面は大丈夫そうだね。だけど貴族位の者達を招くとなると、色々設営の準備が必要そうだ」

「はい。椅子と傘と……馬車や馬を繋げ止める場所も、必要そうです」

「聖堂の入口の脇にスペースがあったから、それは何とかなるんじゃないかな。なるべく送迎というスタイルを取って貰おう。伝令役を何人か用意しておこう。……あまり手を加えたくないし」

 折角のこの静かな雰囲気を、大切にしたい。

「……はい。本当は、少し迷っていたんです」

「うん?見学会を?」

「はい。見てもらいたいという気持ちと、ここを乱して良いのだろうかという気持ちで……」

「……ああ。でも、ノクタも嬉しいんじゃないかな?人知れず持主のいなくなった魔力を慰めるより、みんなに知って、見てもらっていた方が……神様の考えはよく分からないけど。きっとね」


 実は僕は神様の存在をあまり信じていない。いるかもしれないけど、人の世は人で回すべきだと思っている。そして基本的に、自分の目で見て、耳で聞いた事以外、信じないようにしている。

 先入観に惑わされるのが良くないという事を、ヴィアやブリジット様と知り合って、より強く感じる様になったから。


 ふいに、ヴィアがくしゃみをする。

「気づかなくてごめん。ここは少し寒いね。中に入ろう」

 エスコートする為に手を差し出す。ヴィアは手を重ねて、「ありがとうございます」と微笑む。


 ”春の祭典”まで、あと少し。急いで準備を進めないと。

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