28【グラナティア視点】定まらない心
父の執務室で、わたくしはぼんやりとその話を聞いている。
「……という事なんだが、お前はどう思う?グラナティア」
父の声にはっとして、咄嗟に答える。
「……どう、とは?」
「”春の祭典”に際する、”鎮魂歌”の見学会だよ。ぜひ、今後この国を担っていく次世代にもと言う事でね……王命ではないが、久しぶりに二人で出掛けるのも良いかと思って」
父は、とても優しい。若くして母を失い、わたくし達は二人で生きてきた。いつもなら、すぐに是と答えるのに……今回は、渋ってしまう。
「そう……ですね。どうしましょう……」
そんな、わたくしの様子を慮って、父は声を重ねてくれる。
「いや。ゆっくり考えてくれ。”鎮魂歌”を見に行かなくとも、祭りは3日間もやっているんだから」
「……はい。ありがとうございます」
つい、俯きがちになる。こんな顔、父にこそ、見せたくなかったのに。あの日から、わたくしはずっと心に何かが引っかかってる。父は何かを言いかけたが、ふぅと息を吐くと立ちあがり、職務に戻る。その空気を察し、わたくしも立ちあがって礼を取り、部屋を出て行く。
彼と出会ったのは、かなり昔の事……
「すばらしいです!王子殿下」
「さすがですね」
あれは何の機会だったかしら……ああ、そう。春の祭典を前に、皇后陛下主催のお茶会があった時だ。母親に連れられて、幾人かの子供たちが集まっていた。わたくしも折角だからと、皇后陛下に招かれたのだ。
現皇后陛下は、子供好きで有名な方だ。3人の王子殿下と王女殿下に、惜しみない愛情を注いでいる。
その子供好きは、我が子に留まらず……周囲にいる子供達にも向けられた。わたくしは、その恩恵に預かった一人だった。わたくしの母は、わたくしが幼い頃……病によって儚くなったと聞いている。小さい頃過ぎて、覚えていないけれど。わたくしの父は、母が大好きだったそうだ。だから今に至るまで、新しいパートナーは、見つけられずにいる。わたくしは、そんな父が大好きだった。だから、わたくしに至らぬ点があるせいで、『母がいないからだ』と父が責められるのを、見たくはなかった。わたくしは、常に完璧でありたかった。
そんなわたくしを、憐れに思って下さったのが、皇后陛下だった。父の仕事に付き添い、王城で静かに待っていると、リヒト殿下とエレノア様を連れだって、お話に来て下さった。母の面影の薄かったわたくしには、その姿こそが、母の面影となっていった。今でも、皇后陛下はわたくしの憧れの人だ。
ある時からは、リヒト殿下とエレノア様と遊びに行くようになった。利発なリヒト殿下は、なんでも器用にこなされた。第一次覚醒も、どの子供たちよりも早かった。覚醒は、心の成長に合わせてやってくると言う。リヒト殿下は、皇后陛下に似てお優しく、細かな配慮が出来る方だったので、心の成長もみなより早くて当然だと思っていた。
あの日は、一時覚醒により使える様になった魔法を、みなに見せて下さっていた。本来は、保護者の監視下でなければいけないことなんだけど……母親達を待ちくたびれた子供達にせがまれて、害はないからと見せて下さったのだ。
明るい温室での出来事だったから、あまりよくは見えなかったけど……陽の光の中でも、星粒のようなそれが七色にきらきらと温かい光を放っていて、とても綺麗だった。すばらしいというみなの評価に、『当然よ』と自慢げに思っていた。わたくしは、自分が褒めらように嬉しく、誇らしかった。
それなのに、帰り際……
『おまえ、王子殿下だからって褒め過ぎじゃないか?』
『そうだよ。たったあれだけの事なのに。むしろ、王族なら覚醒がある程度早くても当たり前だろ。僕達より魔力量だって多い筈なんだから』
『何言ってるんだよ。三番目とは言え、王子殿下だぜ。阿いていて、悪い事なんてないだろう。もしかしたら、上の殿下方につないでくださるかもしれないし』
『いいよなぁ。特に期待もされてないのに、生まれが良いってだけで持て囃されて、将来安泰だもんな。ずるいや』
子供達の陰口が聞こえてきた。頭に血が上った。許せない。割って入っていこうと動いたら、腕が引かれた。
リヒト様だった……
「グリ、良いんだ。ありがとう。大丈夫だから。」
「何が……何が大丈夫だと言うのですか!あの者達を罰するべきです!なんと不敬な!」
「いや、今回は僕の判断ミスだ。あの子達の言い分も一理ある。こういう事も考えて、魔法の開示も慎重になるべきだったんだ。兄上達なら、絶対に侵さない愚だ。……覚醒が嬉しくて、つい出しゃばってしまったんだ」
僕が馬鹿たっだよ……と、彼は笑う。彼は大人だった。そんな彼に、何と言って良いかわからないわたくしは、きっとまだ子供だった。だから、わたくしは、わたくしの正しいと思う言葉を言ってしまった。
「……見返してやりましょう」
「え?」
「沢山努力して、第一王子殿下や第二王子殿下にも負けない、この国に欠かせない人になって、絶対見返してやりましょう!あんなのただのやっかみです!わたくしも、お傍で一緒に頑張ります!だから、いつかきっと……きっと……」
心が高ぶり過ぎて、涙が出てしまった。最後まで、言葉にする事はできなかった。そんなわたくしの頭を撫でながら、彼は『そんな人になれるかな』と笑って言っていた。程なくして、わたくしも第一次覚醒が起きた。彼はそれを一緒に喜んでくれた。
そんな彼の心が疲弊し、世間を拒絶してしまう程にまでなるなんて、想像も出来なかった。
ぐっと、唇に力を込め、自室に向かう。最近の彼は、以前の彼、そのものに見える。
人と話している時に、時折疲労の色が見え隠れするけど……
それは恐らく、わたくしがあの頃より大人になったから、気が付けるようになっただけだろう。
心配して後を追うと、そこには必ず……藍色の髪の彼女が居る。
自室に戻り、はしたなくもベッドに寝転がる。
テーブルの上には、わたくしの戻りを待っていたかのように、温かいカモミールティーが冷めないようにポットウォーマーに包まれて置かれている。
最近、気落ちしているわたくしを心配して、侍女が必ず寝る前に用意してくれているから、見なくてもわかる。そんな優しさに、目頭が熱くなる。
夜の風が窓から入り、熱くなった目頭を冷ましてくれる。ひとまず今日は、ゆっくり休もう。心地の良い風を、感じながら。




