27【リヒト視点】”春の祭典”に向けて
”鎮魂歌”の見学会に向けて、僕らは早速動き出した。
”鎮魂歌”は、年に4回、春分、夏至、秋分、冬至のタイミングで行われるらしい。確認したところ、それぞれ”精霊の森”と呼ばれる魔力溜りの濃い森を4か所、春はオークの森、夏は白樺の森、秋はオリーブの森、冬はブナの森を巡り、その麓にある”夜の神ノクタ”の聖堂で行われるそうだ。(そんな聖堂がある事すら知らなかった……。)だから、今回はオークの森になる。貴族位の者達を招くなら、それなりの設営と護衛が必要だ。
僕は、交流のある貴族達に、まずは手紙を書く事にした。人数をある程度把握する為、各々の考えを伺いたかった。皇后陛下にも相談しながら、王都に住む貴族を中心に、十数枚の手紙を書きあげた。第三王子の名前でどれ程効力があるのかはわからないけど……婚約者の為に懸命に働きかけているという姿勢を見せたかった。
皇太子殿下にも協力を仰ぎたいところだが、忙しいみたいで中々つかまらない。そこで、兄の側近の一人のマルクスをつかまえて、教わりながら自分なりに予算案と警備の配置等を書面に纏めた。貴族位の者達が、どれ程来てくれるかはわからないけど、ある程度来る事を予想して書いてみた。
あとは、学生達だ。幸い、学院長が闇属性魔法使いに肯定的な見方をしてくれていて、良い学びの場と捉えて学園内に通達を出してくれる事になった。ルシエルはクラスメイトと、いつの間にか騎士科の上級生とも交流が出来ていたようで、そちらにも声を掛けてくれるそうだ。ヴィアの方も、メアーナス子爵令嬢とケントニス伯爵令嬢に協力を仰ぐと言っていた。
今日は、中間報告会だ。
ヴィアを、僕の私室の応接間に招いて、ゆっくり話を聞く事にした。
「……わたくしの発案なのに、お手をたくさん煩わせてしまって申し訳ありません」
「え?全然。出来る事が増えていっているようで、毎日とても嬉しいよ」
席を進めて、侍女達を下がらせる。ヴィアは、紅茶を飲んで一息つく。
「……グラナティア様のご様子はいかがですか?」
「ん~……変わらず、かな。何度か声を掛けようとしたんだけど……どうも少し、避けられているようにも感じて。粛々と一人で授業に出向き、黙々と勉学に励んでいるようだ。でも、いつでも優雅で毅然としていて、すごいなぁと思うよ。教師達の受けもよさそうだし。……もしかしたら、僕らが何かをしなくても、彼女は実力で評判を覆してしまえるんじゃないかと思う事もある」
頬を掻きながら、ははっと笑う。なんとも情けない……。そうですか……とヴィアは、何か思案げに瞳を伏せる。僕は、ヴィアの好きな焼き菓子を勧める。ヴィアは、嬉しそうに手に取り、食べ始める。ヴィアの甘いもの好きは、ブリジット様の手作り菓子から来てるんだろうなぁと思う。
「そっちはどう?周囲の反応は……」
ヴィアが焼き菓子を1つ食べ切り、紅茶を飲む。そして、カップをソーサーに戻し、話し始める。
「……はい。そもそも、闇属性魔法使いを苦手とする方とはやはり距離があるので、肯定的な意見を持って下さっている方にしか直接は話せていないのですが……概ね好意的に話を聞いて下さったように思います。その他にも、ソフィア……ケントニス伯爵令嬢は、お父様が魔法省の方で興味を持って下さっているとの事だったので、魔法省に勤める貴族達への声掛けをお願いしています」
「そうか……僕が手紙を出した貴族達からも、概ね参加の意の手紙が届いたよ。小規模な狩猟祭でも出来そうな雰囲気だね。近日会場の下見に行くんだけど、一緒に行けるかな?」
「もちろんです!ぜひ、ご案内させてください」
明るくて穏やかな、いつものヴィアだった。その笑顔を見ていると、僕もなんだか嬉しくなってくる。
「……気持ちは、落ち着いたかな」
「え……?」
「いや……辺境伯家の……叔父上?の事で、少し塞いでいた様子だったから」
「あっ……」
つい、気になっていた事が口に出てしまった。あれからヴィアは何も言わなかったから……触れるべきかどうか迷っていたのだ。
「……はい。その節は、申し訳ありませんでした。ご心配をお掛けしてしまって」
「いや、全然。僕は何もしてないよ」
「いえ……。実は叔父とは、母よりわたくしの方が年が近い事もあり、随分とお世話になったのです。それこそ、実の兄妹のような……リヒト様とエレノア様のような、そんな関係で」
「……うん」
「……なのに、わたくし、何の挨拶もせず出てきてしまったのです」
「え?」
「ちょうど、叔父が王都の王立学院の高等部に進学する頃だったのです。それで彼は、手続等も踏まえて、度々辺境伯領を離れていたのです。そんな折、父から王都に戻るよう手紙を受け取り……辺境伯夫妻にはご挨拶して来たのですが、叔父には何も言わず、出てきてしまったのです」
「……そうなんだ」
「はい……それがずっと気になっておりまして、何度か手紙も書こうとしたのですが……中々筆が進まず、今日に至ってしまい……叔父が平民に戻ったと聞いて、『ああ。もうご挨拶をする事も出来ないんだな』と思ったら、どうしようもなく寂しくなってしまって……」
「……どうして、何も言わなかったの?」
「……恐かったんだと思います。わたくしにとっては、両親がいない間の、親代わりのような方でしたから……別れの挨拶なんて、とても出来そうもなかったんです……」
ヴィアは、自分の手をぎゅっと握りしめている。涙をこらえるように、眉根を寄せている。僕は、思わずその手を上から握る。いつか、ヴィアが僕に温もりを分けてくれたみたいに、ほっとして貰えれば良いなと思って。
「……いつか、会いに行こう」
「……え?」
「いつか、会いに行こうよ。僕も精一杯一緒に探すから」
「…………会える、の、でしょうか……」
それは、彼が見つかるかという意味だったのか、闇属性魔法使いとしてこのまま世に出ていられるのかという意味だったのか……どちらにしても、答えは一緒だった。
「大丈夫。……君が会いたいと思うかぎり、必ず会える。君は一人じゃない」
「……でも、もう許してくれないかもしれません」
その言葉を聞いて、つい、笑ってしまう。いつかの僕みたいだったから。
「……大丈夫。仲が良かった思い出は、君だけのものじゃない。だろ?」
そう言うと、彼女の瞳からぽろっと涙がこぼれた。
涙をぬぐいながら、笑って、「……はい」と一言だけ言ってくれた。
僕はハンカチを差し出して、ヴィアが落ち着くのを待ってから、引き続き、ヴィアとお茶の時間を過ごした。




