26【ブリジット視点】今日はお客が多いね
年若い弟子達を見送り、出していた食器類を片付ける。
夜はだいぶ冷えるようになって来た。そろそろ、薪を頼まないとね。
この生活も、もう何年になるだろう? 第二次覚醒を迎え、王城からこの生活に切り替えた。初めの頃は、食器を洗うのも戸惑った。闇属性魔法使いとは言え、蝶よ花よと育てられた、何も出来ない王女だった。
先代……いや、今や先々代になる、闇属性魔法使いに沢山の事を教わった。この言葉遣いも、そのひとつだ。私は、学院に行く事はできなかった。だから、普通に言葉を交わせるのは、両親と師匠だけだった。兄やその家族は、遠い人だった。……だからこそ余計に強く、影響を受けてしまったのかもしれない。
生活の知恵、退屈を埋める方法、闇属性魔法のなんたるか、この世界の摂理、古典魔法に至るまで。恐らく生きてきて得た知恵を全て教え込まれた。とても明るく、心の強い人だった。色眼鏡とフードで共に市井に連れて行ってもらった時、初めて自分の手で苗を買った。畑で苗の手入れをする度、その時の感動を思い出す。ヴィアにとって、自分もそんな師匠であれたらと思う。
今日のヴィアの様子を思い出す。ヴィアが学院に通うと聞いた時は、とても嬉しかった。今日は友達を連れてくるなんて聞いて、つい腕を奮って焼き菓子を焼き過ぎてしまった。ヴィアは昔から、美味しそうに何でもよく食べる子だった。喜ぶ顔を思い浮かべると、色々と作りたくなってしまい、出来る料理が増えていった。
自分自身は狭い世界で生きてきたから、広い世界を生きる彼女が、どんな思いをしてしまうか心配だったが……杞憂だったようだ。リヒト・ヴァン・アルフェイム……大人しそうな子だったけど、賢そうな子だった。ほんの少し、ヴィアにも雰囲気が似ていたかな? 婚約者とは言っていたが、まだ幼い二人だ。恋心というよりは、親友という気安さがあった。
ただ今日のヴィアは、楽しそうであったけど、時折、何か焦っているようにも見えた。何があったのかは、わからないが……どんな時でも、味方になってやれたらと思う。
あらかた片付いた所で、カラスが呼んでいるのがわかる。ちらりと肩越しに護衛の位置を確認する。扉の外に一人と、外に二人……。扉の外にいる一人に、薪の購入を依頼する。外の二人と打ち合わせ、誰か一人が買いに行ってくれる筈だ。
その後ろ姿を見届け、逆方向に足を進める。勝手口から外に出て、そのすぐ脇にある納戸の屋根に、カラスを見つける。扉をあけると、黒い影が転がっているのがわかる。
すかさず、その脇にしゃがみ込む。酷い傷だ。……でも、息はある。
「……リヴ。リヴ、大丈夫かい。しっかりおし。肩を貸してやるから、中に入りなさい」
「……」
返事はないが、少し体を起こした。肩を差し込み、持ち上げる。初めて護衛の目を盗んでこの家に来たときは、まだ小さかったのに、随分大きくなったもんだ。護衛が返って来る前に、寝室に運ばなければ。
焦りながらも慎重に部屋に運ぶ。部屋に戻ると、上級の光魔法が込められた回復薬を振りかける。見る見るうちに、外傷がなくなる。扉をノックする音が聞こえ、つい肩が跳ねる。慌ててガウンを自分の体にかけ、血の痕跡を隠す。転がっているブルーグレーの髪の男にもシーツを掛けて隠し、帰ってきた護衛と二三言葉を交わし、もう寝ると告げ扉を閉めると、少しほっとする。
「…………ヴィアが……」
「ん?なんだい……」
男が小さく声を漏らす。
「ヴィアが、来てた……」
「ああ。来てたね。元気そうだったよ」
「…………そうか……」
もしかしたら、少し笑ったのかもしれない。表情が見えないから、わからないが……。
「何も心配しなくていい。……少し休みなさい」
「…………うん……ありが、と…………」
この子も、たしかまだ19かそこらだ。私からしたら、子供と変わらない。
「……ヴィアも、罪な子だね」
この子もあの子も……みんなの未来が、幸せに満ち溢れているよう、
静かに闇に祈った。




