25【リヒト視点】水面下の真実
ブリジット様の瞳が、陽の光に照らされて紫色に煌めく。だいぶ陽が傾いてきた。
「ん?何でも聞いてごらん」
「……ずっと気になっていた事なのですが、なぜ蟄居する事を選ばれたのですか?あなたの身分なら、幾ら貴族の抵抗があったとは言え、幾らでも対抗する術はあったのではありませんか?」
先代国王陛下の妹君だ。闇属性が忌避されるとは言え、ブリジット様の子には継承権も生まれる可能性がある。結婚もせず籠ると言うのは、よほどの事だ。
「ああ……それはね、実は政治的な絡みがあったんだ」
「政治的な絡み?」
僕は首を傾げながらヴィアを見る。ヴィアも知らないようで、首を振りながらブリジット様の方を向く。
「……先代国王陛下と私は母親が違うのは知っているかい?兄である先代国王陛下は、側室であるカタリーナ様の子……私は隣国ヴァナラントから輿入れした皇后マリアベラの子供だった」
「……存じ上げています。ただ、女児であった事と、闇属性魔法使いだった事があり、継承権を退けられたと……」
「まあ、結果的にはそうなるね。だけど、当時水面下では実はかなり揉めてね。ヴァナラント側は、なんとか私が王位を継承出来ないかと画策していたんだ。その方が、何かと有利に事が運ぶからね。アルフェイム側でも、ヴァナラントとの友好を示す為、その意見を支持する者も多かった。魔力抑制具も、私が生まれた頃、その効果を丁度国が認めた所だったんだ。上手くすれば、闇属性魔法使いの対応に戸惑う他国に、新たな魔道具として売りつけたり、交渉の切り札として使ったり出来るかもしれないと……状況として闇属性魔法使いに追い風だった事もあったようだ。ただ、やはり反対の意見もあってね」
ブリジット様は、お茶を飲んで一息つく。僕らは黙って続きを待つ。
「当時、反対派の筆頭は、カタリーナ様の生家のアルデン公爵家だった。由緒ある家系だ。カタリーナ様も美しく、大変博識な方だった。国の半分はカタリーナ様の子である、兄に継承権をと訴えた。先々代国王陛下は、答えを急がず、少し様子を見る姿勢を取った。魔力抑制具の運用も始まったばかりだったしね。……でも魔獣との闘いに巻き込まれ、結論がでないまま、若くして亡くなられた。兄や私が大きくなるまで、誰が摂政を勤めるかという話になって、この話はより激化した。そこで、国民の闇属性魔法使いへの印象を下げる事を思いついたのが、アルデン公爵派のベルヒ伯爵家だった」
「……!つまり、今の闇属性魔法使いへの印象は、操作されたものだったという事ですか!?」
でも、そう言われると、確かに納得できる部分もある。国が大丈夫だと言いきっているのに、否定派を支持している者が多過ぎる気がしたのだ。
「ああ。アルデン公爵は、そこまでするつもりはなかったようだけどね。けれど、その印象操作の効果は覿面だった。随分昔の事件なんかも持ち出してね。国民も、闇属性魔法使いを迫害していた時代を知る者がまだほんの少しいたから、自分の先達の行いは正しかったと思いたい者もいたんだろう。簡単に煽られてしまったよ。そして、魔力抑制具も、急にその価値を失った。摂政は、アルデン公爵家が勤めたよ。残った問題として、国外に出られない私は、この国で嫁ぎ先を探す他なかったんだが……適齢期になる頃には闇属性魔法使いの印象が最悪にな状況になっていた。王族とは言え、もう受け入れてくれる家は殆どなかったんだ。それに、無理して結婚した所で、自分の子もまた王位継承権だなんだと巻き込まれるのもご免だと思った。側にいてもやれないのにね。それで、一人の方が気が楽だと思い、全てを受け入れこの生活を選んだ。……今思うと、あそこで私が諦めなければ、ヴィアにはもう少し楽にさせてあげられたのかもしれないね」
「そんなこと……」
ヴィアは、労わるようにブリジット様を見ている。そして、闇属性魔法使いの話は親から子へ、引継がれて行ってしまったのか……。
「でもだからこそ、闇属性魔法使いへの忌避感は、中身の無い薄いものだ。闇魔法による被害者が、とても少ないからね。魔法省の人間なんかは、闇魔法は原始の魔法と考えている者もいるようだ。蓋をあければ、味方はいくらでもいるんじゃないかな」
まあ、色んな意見の人間がいるから、何とも言えないけどね……と、ブリジット様はため息交じりに話を終える。闇属性魔法使いの問題は、紐解く毎に、色々と考えさせられる。一人一人の思惑が重なって、大きな渦となって、彼らを追い詰めてしまった。つい、茫然としてしまう。僕に出来る事って、何だろう。
その後は、陽が完全に傾くまで、“鎮魂歌”の見学会に向けてそれぞれ何が出来るかなどを話し合った。終始、和やかな雰囲気のまま、時が過ぎた。




