22【リヒト視点】闇属性魔法使いブリジット
メアーナス子爵令嬢とケントニス伯爵令嬢は、一足先にこの後の授業を受けに向かった。一方、専攻科の授業がまだ始まっていない僕とルシエルと、王子妃教育で履修済みの授業を免除されているヴィアは、そのままカフェテリアで話を続けることにした。
僕とヴィアは、あの茶会に出ていなかったルシエルに事の顛末を話し、僕らの考えを伝えた。
「でも……実際問題、どう話しかけよう?」
「確かに……。先程の話によると、つまりは注目の二人という事になりますよね?下手に教室で話しかけても、周囲の目が気になって、スエロ公爵令嬢も腹を割って話すというのは……難しそうです」
「だからと言って二人きりで話そうと誘うのも……婚約者がいる身の上でと、却って心証を落としかねないし……」
僕とルシエルがう~んと首をひねってると、ヴィアが呟くように言った。
「…………誰の目も気にせず、ふたりきりでゆっくり話せる場所……」
はっとした顔をして、口元に手をあて、目を輝かせている。その頬は、少し紅潮している。なんだろう?
「ヴィア、なにか……」
「わたくし、とっても悪い事を思いついてしまいました……」
ヴィアは、今までに見た事が無いくらい、嬉しそうな顔をしていた。
「お二人とも、今日の放課後お時間頂けますか?」
放課後。僕らはヴィアに促されるままに馬車に乗った。護衛の騎士が、いつも通り二人しかついていないから、遠方には行かないと思うけど……どこに行くつもりだろう?
「ヴィア。どこに向かってるの?」
「ふふ……実は、先代闇属性魔法使いブリジット・ヴァン・アルフェイム様のところです」
「「えっ?!」」
驚いた。僕らからしたら、伝説や架空の人物に近い存在だ。
「どうして急に……というか、先ぶれもなく僕らまで行って大丈夫かな?」
「はい。元々、今日は月に一回の闇魔法の授業のある日でしたし……一応、殿下やルシエルが行く事は、カラスに伝えて貰いました。先代は、カラスを使役しているので。皇后陛下にも、護衛の方を通じて許可を頂きました」
「!? 魔法は魔力抑制具で使えなくなっているんだろ?どうやって使役しているんだ?」
「なんでも古い魔法で、魂で繋げているらしいのです。詳しくはまだ教わっていないのでわからないのですが、魂を用いた契約は、魔力がなくなっても継続させられるらしいのです」
古典魔法……。自らの魔力を使うのではなく、自らの魂や精霊の力を代償とし、陣や詠唱と正しい手順を用いて行う魔法だ。魔力量や知識、センスだけでなく、『世界との信頼関係』が必要だと本に書いてあって、どういう意味か理解できずに読み流してしまった気がする。
「あ、見えてきました」
馬車の外をのぞくと、人里を少し逸れて林の様な木々が立ち並ぶその奥に、綺麗な湖があった。その脇に、レンガ作りの、趣のある、品の良い家屋があった。
馬車が停車し、取り合えず僕は馬車を降りると、ヴィアに手を差し出し馬車から下りるのを支える。その後は、ヴィアを先頭に、ルシエルと共に門扉の中に入っていく。
家の前には小さな庭があり、色とりどりの小さな花々が咲いている。陽に照らされ、風に揺られ、活き活きとしている。小さな畑もあり、何の苗なのか……丁寧に管理されているのを感じる。護衛が3人所々に立っているが、聞いていたような物々しさはない。監視を兼ねていると聞いたが、恐らく、屋敷の主に脅威を感じた事が無いのだろう……穏やかな表情で、外の警護に勤めている。改めて、”蟄居している魔法使い”、というイメージがどれ程先行してしまっているか思い知る。ヴィアがドアをノックすると、白髪の長い髪を一つに編み込んだ女性が出てくる。
「ヴィア。良く来たね」
低く落ち着いた声だった。ヴィアは、その女性と軽く抱擁する。
ふと女性が顔をあげ、その黒に近い紫色の瞳を優しげに細めて、僕らを見る。
「お友達も。良くいらしてくださいました。さあ、おあがりなさい」
僕は初めて、ヴィア以外の闇属性魔法使いに出会った。




