20【リヒト視点】ヴィアの大切な人
ヴィアが護衛を一人伴って去り、僕とルシエルは教室内に入っていった。席は予め決められており、ルシエルは僕の後ろの席だった。教室内には、既に何名かの生徒がおり……あの茶会で見かけた生徒も何人かいた。数名が挨拶に来て、ルシエルと共に紹介し合ったりしていたら、にわかに教室がざわめいたのがわかった。みんなの視線を追うと、長い深紅の髪に少し吊り目の朱色の瞳を持つ美しい少女……グラナティアがいた。
一瞬、グラナティアと目が合った。けれど、対人スキルの低い僕には、どうしたらよいかわからず、咄嗟に目をそらしてしまった。その後、グラナティアは真っ直ぐ自分の席に向かった。姿勢良く伸ばされたその背中を見つめる。程なくして教師がやってきて、僕らはその後に続く入学の式典などに追われた。
放課後。僕はルシエルと共に、ヴィアの案内を受けていた。中等部は、外から見るより小ぢんまりとした印象だったので、その疑問を口にすると、併設されている高等部の校舎が中等部の約3倍の広さがある事を教えてくれた。高等部になると、他領地から令息令嬢達が王都につのい人数が大きく増える。さらに剣術や魔法の実践演習、各々専門科目の研究などで必要スペースが増えるようだ。概ね案内を受けた所で、馬車の停留スペースに3人で向かう。
「ルシエルは、どこに居を構えているんだ?」
「リンドブル通りを真っ直ぐ行ったところに、辺境伯家が所有する別邸があるんです。そもそも、王都に来た際の寝泊りと、商会の人間との打ち合わせ用として建てたものなので、大きくはないのですが……僕一人と数名の使用人がいるだけなので、十分なんです。高等部からは寮が用意して貰えますし」
「え?ルシエル一人なの?……リヴ兄様は、もう辺境伯領に戻られたの?」
「あ~……えっと、いつか分かる事だと思うから言うけど……実は兄さんは辺境伯家を離れたんだよ」
「……え?どういうこと?」
ヴィアが、ふっと足を止めるので、僕らも足を止める。ルシエルが、気まずそうに首の後ろを掻きながら答える。
「えっと、つまり……籍を抜けたんだ」
「…………え?」
「兄さんは、もう辺境伯家の人間じゃない。平民になったんだ」
ヴィアが、大きな瞳を驚愕で見開いたまま、言葉を失う。いつもと違うヴィアの様子を汲んで、僕から質問してみる。
「……たしか辺境伯家のご長男は、後継の為、養子縁組して籍に入られていたんだよな?元々の生家ではなく、平民になったというのは、どういう……」
「兄の生家の子爵家は、そもそも養子縁組する為に用立てたものなんです。兄は、辺境伯家の前で拾われた棄て子なんです。それでも両親は、兄に辺境伯家を継いで貰おうとしていたようなのですが……兄は僕が産まれてからずっと僕に後継を譲る気でいたようで、高等部卒業と同時に家を出たんです」
「……!という事は、この春よね?まだ領内にいるの?」
「いや……実は、飛び級で2年早く卒業したんだ。だから、2年前に家を出たんだ」
「……飛び級!?そんな事、簡単に出来る事じゃない」
「はい……でも、そんな事をやってのけてしまって……今は何をしているのか……」
「そんな…………」
ヴィアが、悲しそうに俯く。
「ごめん、ヴィア姉さん。兄さんに言うのを止められていたんだ。心配掛けたくないからって……。でも、兄さんが辺境伯家を離れたのは、今はもう有名な話だし、その内耳に入ると思って……その……」
「……ううん。ううん、いいの……違うの。ごめんなさい。少し動揺してしまって……」
ヴィアは、そう言いながらもやはり表情が沈んでいた。リヴ・オセアン……ヴィアからは、とても良くしてくれた兄のような人だと聞いた事があったが……その存在が、ヴィアにとってどれ程大きなものだったのか、改めて知らされた気がした。僕はひとまず、消沈してしまったヴィアを邸宅まで送り届け、帰路に着いた。
翌日、学院に到着すると、昨日と同じ様にヴィアが待っていてくれた。ヴィアは、少し沈んだ様子ではあったものの、『大丈夫です。ご心配をお掛けしてごめんなさい』と、思っていたよりも普段通りの様子を見せてくれた。
何か元気づける事が出来たら良いなと思案しながら教室に行くと、グラナティアの後ろ姿が目に入る。いつも通り、真っ直ぐに伸びる姿勢の良い後ろ姿。こちらも、挨拶の1つでも出来たらなぁと思いながらも、何となく気まずさが続き、つい溜息を吐いてしまう。
う~ん……と、答えの出ない問いに頭を悩ませていると、なんとなく違和感にぶつかる。なんだろう?
この違和感の正体は、僕は愚かにも、ヴィアとその友人達との会話の中でようやく見つける事が出来た。




