18【リヴ視点】届かない手紙
「あれはお前の仕業か?」
エクレールの執務室に向かう途中、尋ねられた。こいつとも、もう3年の付き合いになる。
「……なんのことだか?」
素知らぬ顔で笑って、そう答えておく。
「白々しい。皇后陛下主催の茶会で粗相なんてしたら、あの給仕、首が飛ぶかもしれないぞ」
「……皇后陛下なら気がついていたさ。俺を睨む目がこわいこわい」
ほんの少し、持っていたグラスの水分量を変えてやっただけだ。別に、会自体の邪魔をする気なんてなかった。
半年ぶりに見るヴィー……ヴィアラテアは、変わらず愛らしかった。
少しだけでも元気な姿を見られたらと思い、仕事のついでに、あの会場の側を通ってみた。すると、遠目にも分かる程、おびえた顔をしていた。
許せなかった。大切に、大切に、守ってきたんだ。
重い宿命を背負ってきた彼女だから、傷付かないように、少しでも笑って過ごせるように。
「会っていかなくて良いのか?」
「会ってどうするんだよ。俺は何も言われず、置いて行かれたのに」
「それは、彼女にも思うところがあるんだろう」
「……わかってるさ。だから、会わないんだ」
ヴィーの考えている事なんて、手に取るように分かる。6年間、毎日一緒に過ごしたんだ。
年を重ねる毎に、賢く、そして優しくならざるを得なかった彼女を、ずっともどかしく感じながら側で見てきた。
「手紙はまだ届かないのか?」
「ああ。なにも」
「そうか……」
王都に来たばかりの頃、彼女は俺宛に手紙を書こうとしていたらしい。けれど、待てど暮らせど、手紙は届かない。恐らく、何かしらの理由で、書くのを躊躇っているんだ。
その事実が、俺を後押しする。もし俺が、本当にただの親戚の兄貴分なら、きっと彼女は躊躇いなく手紙を書いただろう。でも彼女は、婚約者や周囲、そして恐らく俺を思って、手紙を書けずにいる。
つい、ほくそ笑んでしまう。
まだ幼く、自分の心も理解できない彼女だから。本当はいつまでだって待ってやりたい。
けど……
「お前の弟は……良い奴だな」
「ん?……リヒトの事か。ああ。優しくて、賢い、自慢の弟だよ」
空気中の水を頼りに、茶会中の状況を観察していた。あの啖呵は、小気味良かった。
「……俺も、うかうかしてられないな」
「へえ……。やっと動く気になったのか」
エクレールは、妙に楽しそうだ。発破をかけたのはこいつだから、当然か。
「何をしでかす気だ?」
「さぁ……何が出来るか、そうだな……ひとまず……」
力が必要だ。国も、人も、何もかも覆してしまえるような、大きな力が。
「北部へ行くよ」
「北部?」
「ああ。……手土産が、必要なんだ」
エクレールが、首をかしげる。全てなんて、語ってやるもんか。
「目指すは……姫を浚う魔王だな」
どこまで出来るかわからない。
でも、一緒にすごした穏やかなあの日々が……恋しくて堪らないんだ。




