15【リヒト視点】お披露目会
ついに茶会の日がやってきた。僕はクリーム色と紺色を基調としたスーツと、王族を表す同色のマントを身につけている。金色の髪は後ろに撫でつけ、少しでも大人っぽく見えるようお願いした。膨張色だから少し心配したけど……うん。大丈夫そうだ。
ヴィアは、揃いの清楚なクリーム色のドレスを着ている。肩から腕に掛けてレースがあしらわれており、決して華美では無く、小さな花の装飾が愛らしく散りばめられている。
緩やかに波打つ藍色の髪はハーフアップに整えられ、いつもよりしっかりめのメイクが紫紺の瞳を綺麗に映えさせる。いつも綺麗だけど、今日はヴィアの可愛らしさを全力で引きだしている。これは、性別問わず、ときめかずにはいられないだろう。
「ヴィア、とても綺麗だ!」
「ありがとうございます!リヒト様も素敵です!」
ヴィアをエスコートして、会場を目指す。会場の入り口に到着すると、扉の前で、動悸がしてきた。まずい。体の奥から震えてくる。血の気が引いて、今にも倒れそうだ。ヴィアが、心配そうに顔を覗き込む。
「……リヒト様、大丈夫ですか?」
「……うん。ちょっと待ってね」
焦るな。焦ると余計落ち着けなくなる。少し時間を貰うと、ヴィアは僕の腕に手を乗せたまま、静かに待ってくれている。腕からヴィアの掌の温もりが伝わり、緊張が少しとけてきた。僕は自分の胸に手を当て、何度か深呼吸する。
「……よし。行こうか」
「はい」
僕らは力強く頷き合い、扉を開けてもらう。僕らの登場に気がついた人々は、それぞれの礼を取る。僕達も軽く彼らに礼を取り、会場の中に進む。ほどなくして、母上も入って来た。母上の挨拶と共に、茶会が始まった。
子供達が、親元を離れ子供用のブースに案内される。子供達の方は、交流を深めやすいよう立食形式になっている。こういう場では、身分の高い者から順に、挨拶に来る。やっぱり、最初に来たのはグラナティアだった。グラナティアは長く艶のある深紅の髪を、後ろに流している。青紫色のドレスが、とても大人っぽい。2年半前より、ずっと綺麗になっていた。
「第三王子殿下にご挨拶申し上げます」
「ああ」
「……お久しぶりでございます。本当に……お元気そうで、なによりです。またお会いできて……嬉しく思います」
「……ありがとう」
公の場で、あまり馴れ馴れしく話す事はできない。畏まった挨拶ではあるけれど、それでも久しぶりに再会した友人の想いは、じんと染みるように伝わって来た。きっと、エレノアと同じ様に心配してくれていたのだろう……大きな朱色の瞳が、少し潤んでいた。グラナティアは、ちらっとヴィアの方を見た。
「この方が……」
「……スエロ公爵令嬢に、ルポルト侯爵家が娘、ヴィアラテア・ルポルトがご挨拶申し上げます。ヴィアラテアと……気軽にお呼びくださいませ」
ヴィアは綺麗なカーテシーをする。グラナティアは、じっとヴィアを見る。僕の婚約者とは言え、ヴィアよりグラナティアの家の方が身分が上だ。ヴィアは、グラナティアが話しかけてくれるのをじっと待っている。
「……失礼致しました。第三王子殿下、ルポルト侯爵令嬢、この度はご婚約おめでとうございます」
……どうしよう。雰囲気が固い。人見知りするタイプだったっけ? 戸惑う僕らをよそに、彼女はそれだけ言うと、後続の者に場所を譲り、すぐに離れて行ってしまった。
それからは、思っていたより和やかに時が流れた。みんな、僕の事はもちろん、ヴィアの事も気にしてはいるようだが、表立って揶揄するような者はいなかった。ヴィアは、話すのが上手だから、みんな最初は警戒心を持って接して来るが、少し話すと緊張が解れるようで、あとは思い思いに知り合いと会話を楽しんでいる。
僕も、ヴィアの隣で必要最低限な受け答えしかしてないけど、少しずつ場の雰囲気に慣れてきた。内心、変な事を口走っていないか、声を掛けられる度に冷や汗をかいているけど……。ヴィアは、ケントニス伯爵令嬢とメアーナス子爵令嬢と、楽しそうに話をしている。
ふと視線を横にずらすと、グラナティアの姿が見えた。グラナティアは友人が多いようで、彼女を中心に、軽く人の輪が出来ていた。昔は、僕とばかり一緒にいたから、気がつかなかった。
不意に、人影が動く。
「第三王子殿下。お久しぶりです。ランド・リヴィエールです。覚えておいででしょうか?」
蜂蜜色の髪に、榛色の瞳の細身の男子……リヴィエール子爵令息が、そこにいた。
「ああ。久しぶりだね。ヴィア、リヴィエール子爵のご子息だよ。昔よく話したんだ」
「はじめまして。ヴィアラテア・ルポルトです」
「ランド・リヴィエールでございます。ランドと、お気軽にお呼びください。……僭越ながら、ルポルト侯爵令嬢。闇魔法についてお伺いしても良いでしょうか」
「え……」
ヴィアが驚いたように、一歩後ろに下がる。僕は、思わずその背を手で支える。
「あ、いえ、僕、魔法の事について知るのが大好きでして、こうしてお話し出来るだけでも光栄でございまして……えっと、失礼を申してしまったでしょうか?」
「いいえ。ご興味を持って頂けて、嬉しいです」
ふふと、ヴィアが嬉しそうに微笑む。僕も、その様子を見て少しほっとした。
「よかった。やはり、藍色の髪と紫紺の瞳は、闇属性の魔力の影響なのでしょうか。なんとも……」
「…………醜いこと……」
…………え?
会場が急に静まりかえる。今のは、グラナティアの、声、だよな?
その発言を皮切りに、波紋のように声が広がる。
『……たしかに』
『おっしゃるとおりですわ』
『あの紫……とても毒々しい色』
『……やっぱり残忍って噂は本当なんじゃないか?』
『……闇属性魔法使いは、悪い魔女だってみんな言ってたもんな』
『……やっぱり、世に出すべきじゃないんじゃないか?』
『……王子殿下も、お可哀そうに。三番目に産まれたからって、あんなの宛がえられちゃって』
ひそひそと話す声が聞こえる。リヴィエール子爵令息は、周囲のこの状況に、ただオロオロと慌てている。どう収拾つける?どうしたら……
その時だった…………
「……うわっ!」
――……ガシャガシャガシャ、ガチャン!パリン!……――
突然大きな音がした。僕をはじめ、周囲の人みんながそちらを見た。
どうやら給仕が、飲み物を載せていた盆を派手に落としたらしい。
はっとして、ヴィアを見る。
「……ヴィア、ヴィア。大丈夫?」
背中を支えたままだったから、その体の震えが腕を伝わって来る。ヴィアはびくっと肩を跳ねさせ、僕を見る。
「…………大丈夫です。申し訳ありません……」
微笑んでいたけど、ヴィアの目の端に涙が溜まっていた。僕はかっと頭に血が上るのが分かった。
いつも笑ってるヴィアを、泣かせた。
そう。有り体に言えば、僕はこの時人生で初めて、キレた。




