14【リヒト視点】作戦会議
……とは言ったものの。
披露目の会を目前に、僕の体は言う事を聞いてくれず、震えが止まらない。
あれから準備期間に、たっぷり3カ月の時間を用いた。季節は、そろそろ秋に変わろうかという頃だ。ヴィアと出会ってから、もうすぐ半年になる。僕は、剣術の授業を真面目に受け、基礎体力をつけるべく走り込みをしていた為、見た目だけはふくふくな体から元の体型に戻りつつあった。……それだけでも、個人的には少し心強い。
二人の衣装も準備して、会場の設営もばっちりだ。明日の昼、ちょっと大規模な茶会という形で、皇后主催にて開催される事になっている。招待客は、デビュタント前の子を持つ貴族達の中で、王家に近い者を中心に声を掛けている。会場では、大人達のブースと子供達のブースで別れているが、行き来出来る様になっており、問題があればすぐに親元に行けるようになっている。
今日はヴィアと、僕の部屋に続く応接間で作戦会議をする事になった。ヴィアは、美味しそうにチーズケーキを口に運んでいる。夜を思わせる藍色の髪と紫紺の瞳、真っ白な肌……見た目だけは神秘的な夜の女神といった雰囲気なのに、本当によく食べるな。どこに消えているんだろう……。羨ましい。
僕は、はぁと思わず溜息を吐く。ヴィアは、それに気がつき視線を寄越す。
「作戦といっても……現状、普段通りに過ごす事以外思いつきませんわね。特に悪い事をしているわけでもありませんし……」
「まぁ……そうなんだけど。僕がきちんと振舞えれば問題ないんだけど……君や家族以外の人と話す時、どうしてもうまく話せなくなってしまって……」
う~ん……と、ヴィアは何か考えている。僕は、ソファーの上で膝を抱える。ひきこもり時代からの癖が、中々消えない。ヴィアはそれを気にする様子もなく、うんっと頷き話し始める。
「やはり、ここはトップを狙うべきではないかと思うのです」
「トップ?」
「はい。どんな戦いも、首領を狙うのが定石です。今回の会で、最も身分が高い方を味方につけるのはいかがでしょう?」
口元にクリームがついてる。僕は頬を指さしながら、ごそごそとハンカチを取り出し手渡した。ヴィアはふふっと笑いながら、ハンカチを受取り口元を拭う。ありがとうございますと、ニコニコ言われると力が抜ける。
「まぁ……一番は一応僕なんだけどね。でも、次は……グラナティアかな」
「えっと……スエロ公爵家のご令嬢でしょうか?」
「そうそう。グラナティア・スエロ公爵令嬢。僕達は幼馴染なんだ。ひきこもる前は仲が良くて、よく行き来していたんだよ」
「まぁ!それは心強いです」
「そうだね。少し気が強くみえるけど、本当は面倒見が良くて情に厚い、とても良い子だよ。きっと事情を話せば、力になってくれると思うんだ」
グラナティアと僕は、グリとリーと呼び合って良く一緒に遊んでいた。エリーも一緒になって、庭でピクニックをしたりもした。懐かしい思い出だ。
「……お聞きしてもよいでしょうか?」
「ん?何?」
思い出に浸ってた。何だろう?
「いえ……、その、お部屋から出られなくなった理由と言いますか……きっかけのような事が何かあったのかと」
「あぁ……母上にもよく聞かれたけど、僕にも覚えがないんだ。気がついたら、人々の中で過ごす事が苦痛になっていたとしか……。なんとういうか、自分だけ別の言語を話している様な気がすると言うか……取り残されている様な、説明がつかないんだけど。そんな感じがしてしまうんだ。引き籠ってからは、人と話す事を忘れてしまったみたいに、言葉が出て来なくなった。ヴィアと話す事で大分改善されたけど……やっぱり少し恐いかな」
「そう、ですか……」
ごめん……としょぼくれる僕に、ヴィアは微笑んだまま首を振る。ヴィアの方が不安だろうに、申し訳ない。
「……あまり、気負わないでください。なるようにしか、ならないのですから」
「そうは言っても……」
俯く僕に、ヴィアはそうだ!と手を打って明るく言った。
「では、失敗して、どうしてもまた引き籠りたくなったら教えて下さい。今度はわたくしも一緒に引き籠りましょう」
「えぇ?!ダメだよそんなの」
「いいではありませんか。先代も、『居籠り生活最高!』と言っていましたし、引き籠り仲間同士、余生を楽しく過ごしましょう」
闇属性魔法使いは、精神が強靭なのかな……。でも、僕も少し見習いたいな。
「……ありがとう。とにかく、いつも通りを心がけて、頑張るよ」
不意にヴィアがニコニコしながら頭を撫でてくる。最近、エレノアと共によく撫でられる。絶対子供扱いされてる。一歳しか違わないのに。
「こちらこそ、ありがとうございます。大丈夫。一人じゃないって、思っているよりずっと心強いものですわ」




