12【リヒト視点】爆弾発言
「ごめんなさい……」
あの後、僕とヴィア、母上とエレノアは、サロンに移動する事にした。
二人掛けのソファーに母上とエレノアが腰掛け、その隣の席をヴィアに使ってもらって、僕は向かいの席に腰かけた。エレノアは、泣き腫らした後しゃっくりが中々止まらなかったが、ようやく落ち着いてきた。
改めてゆっくり会って話してみて思ったけど、今年9歳になるエレノアは、僕の記憶の中の彼女よりはずっと大きく成長していた。2年ぶりだもんな。最後に話したのは、扉越しだった気がする。
あの時は、苛立ってしまって……もう来るなって、言っちゃったんだよな。
「エレノア……どうしてあんな事をしたの?書庫に閉じ込めるなんて、やってはいけない事だってわかっていたでしょう?」
母上が、窘めるようの話す。ヴィアは、にこにこしながら紅茶を飲んでいる。
エレノアがちらっとヴィアを見る。ヴィアは、菓子に伸ばそうとした手をはっとしたように止める。
「あ……わたくしは、お暇した方がよかったでしょうか?」
「何を言うんだ。君が一番の被害者じゃないか」
「被害だなんて、そんな……殿下の素敵な魔法も見せてもらえましたし、第一王女殿下ともこうしてお会いする事もできましたので、嬉しいばかりです」
「……おにいさまの、お星様の魔法、みたの?」
エレノアが驚いたように顔を上げる。ヴィアは、にこにこと答える。
「はい。とても綺麗でした」
「そう……なんだ……」
そういうと、エレノアはまた涙をこぼし始めた。ヴィアは、驚き、おろおろとしながら新しいハンカチを差し出す。
「も、申し訳ありません。わたくし何か、失礼な事を……?」
エレノアは、ハンカチを受け取って目を押さえながら、首を振る。
「違うの。ごめんなさい……」
エレノアは自身を落ち着かせるように、何度か深呼吸を繰り返す。ハンカチを握りしめながら、話し出す。
「……おにいさまがお部屋から出て来られなくなったのは、あなたのせいかと思ったの」
「……え?」
……え? 僕?
「おにいさま、ずっと優しくて、賢くて、エリーをいつも守ってくれて、一緒にいてくれて……エリーがお母様や先生に怒られると、いつもお星様の魔法で元気づけてくれたのに……いつからか、とてもお疲れのご様子で、人が変わったようになってしまわれて」
……耳が痛い。胸が抉られるようだ。僕は思わず自分の胸をぎゅっと掴んで、顔を逸らす。母の何とも言えない、視線を感じる。
「そしたら、あなたとの婚約が決まったって、お母さまから聞いて。お友達から……その、色々噂も聞いて。もしかしたら、おにいさまがお部屋から出れなくなったのは、あなたの作戦なんじゃないかって」
「作戦?」
ヴィアが首をかしげる。エレノアは、こくんと首を縦に振る。
「おにいさまを、ろうらくして、この国を、のっとろうとしてるのかなって……」
「「「………………」」」
全員が沈黙した。沈黙をやぶったのは、思わずといった雰囲気の、ヴィアの笑い声だった。
「ふふ……あ、申し訳ありません。笑うつもりはなかったのですが……。でも、それはとても良いアイディアですわね。思いつきませんでした。思い切って、やってみようかしら」
「……そんな!だめ!そんなことしたって、むだなんだから!おとうさまや、おかあさまや、他のおにいさま方も、黙ってないんだから!わたくしだって、絶対リヒトおにいさまを助けるんだから!」
エレノアは、怒ったように立ち上がる。ヴィアは、落ち着いてその姿を見ている。
「……ええ。そうだと思います。みなさま、とても強くて、賢い方ばかりですもの。わたくしのお国のっとりは、叶いそうにありません」
明るく微笑むヴィアを見て、エレノアは気がそがれたのか、ぽすっとソファーに座る。
「王女殿下、ご不安にさせてしまって、申し訳ありません。もっと早くに、ご挨拶に伺うべきでした。改めましてわたくしは、ヴィアラテア・ルポルトと申します。ヴィアと、気軽にお呼びください。わたくしは、第三王子殿下に、助けてもらいに来たのです」
「おにいさまに……助けてもらいに?」
エレノアが、こてんと首をかしげる。ヴィアは、鷹揚にうなずいて答える。
「ええ。みなさまが噂されている、恐い魔法を使う魔法使いは、すでに儚くなったと聞き及んでいますが……実は、その魔法がわたくしの中に封じられているのです」
「え!?」
「わたくしはその魔法を、王子殿下のお星様の魔法のように、素敵な魔法に変えられないかと考えているのです。そんなわたくしを、賢い皆様は守り、導いてくださっているのです」
「恐い魔法を……素敵な魔法に?」
「ええ。……きっとそう遠くない未来に、素敵な魔法に変わると、わたくしは信じております。でも、その為には……わたくしはずっと、心を強く強く保っていなくてはなりません。第三王子殿下は、そんな私を支えて下さっているのです」
「おにいさまが?」
エレノアが僕の方を見る。僕はひとまず、うなずいておく。
「……でも、第三王子殿下おひとりだと、大変かもしれません。そんな時は、もしよければ、王女殿下もお力を貸してはくださらないでしょうか?」
「わたくしが……?」
「はい!王女殿下に励まして貰えたなら、わたくしは百人力ですわ」
……もしかしたら、僕の励ましより強力かもしれない。つい遠い目をしてしまいそうになったが、気を取り直して、僕は言葉を重ねる。
「エリー……ごめん。部屋から出られなくなったのは、僕の事情であって、彼女とは関係ないんだ。逆に、僕は彼女を支えると言う役目を貰えて、ようやく外に出て来られたんだよ」
「……そう、だったのですね。わたくしてっきり……勘違いしてしまって……」
「うん。全部僕のせいだね。……最後に僕を訪ねてくれた時も、余裕がなくて随分冷たい言い方をしてしまったように思う。本当にごめん……。でも、ずっとエリーの事は変わらず大好きだったよ。これからは、昔みたいにまた、エリーの側にいて、何かあれば守ってあげられる様な、強い兄様になれるように……その……」
「……守ってくれなくても良いのです」
「……え?」
僕の言葉に重ねる様に、エリーが言う。
「守って貰わなくても、大丈夫なのです。強くなくて良いのです。わたくしは、ただ、おにいさまといっぱいお喋りがしたかったのです。お星様の魔法を見ながら、頑張ったねって誉めてもらいたかったのです」
エリーの目から、またはらはらと涙がこぼれる。ハンカチでぬぐいながら、呟いた。
「おにいさまが、元気になられて、ほんとうによかった……」
僕はぐっと、言葉に詰まる。何か一言でも話せば、僕も泣き出してしまいそうだ。
ヴィアは、ふふっと静かに笑って見ている。
そんな空気を突如変えたのは、母だった。
「素敵!ほんとうによかったわ!ヴィア、本当にありがとう。これなら、二人の披露目の会も開く事ができそうね!」
「「…………え?」」
僕とヴィアの声が重なる。エレノアは、きょとんとしている。
これで一件落着……とは、いかないようだ。




