11【ヴィアラテア視点】閉じ込められてしまいました
「あ。それはね、確か奥の間に詳しい文献があったよ。僕が取ってこよう」
ありがとうございます……と、リヒト殿下を見送る。ぼんやりと本を眺めながら、ここ数日の事を思い出す。エレノア様……第一王女殿下と、お話しできるのを楽しみにしていた。
初めてのリヒト殿下との顔合わせの日。皇后陛下からもそのお名前は聞いていた。皇后陛下もとてもお美しい方だったが、ちらっと視線に入って来る王女殿下も、とてもとても愛らしいお姿だった。
ふわふわとゆれる優しい金色の髪。あどけない大きな薄紅色の瞳。
一生懸命、わたくしを見ている姿が、初めて見る人を警戒する子猫の様で……実はずっと心がときめいていた。でも、子猫の方から近づいて来るのを、静かに待つのが正解と聞いた事があるし……(実際は、子猫ではないのだけれど)、あんなにも一生懸命、尾行? をしているのに……。これは、気がついてしまったわたくしの方が悪いと思い、黙っている事にした。
集中しよう!と、頭を小さく振り、本に目を戻す。けど、視線の端にちらちらと何かが見えた。顔をあげると、小さな光る蝶が一羽。いえ……光ではなくて、炎……なのかしら?
蝶が誘うように奥の間に進んでいく。どうしよう……入口に護衛の方がいるし、司書の方もどこかにいるはずだから、大丈夫よね?何より、奥の間には今リヒト殿下がいる。彼に何かある方が、一大事だ。
実は、人にはあまり言っていないけど、わたくしには体術の心得がある。辺境伯領では、日常的に魔獣が現れるので、ある程度自分の身を守れるようにと祖父母が教えてくれたのだ。魔獣と人とでは違うかもしれないし、弓も槍も、剣も今は所持していないので、出来る事は限られてしまうかもしれないけれど……無いよりはマシな筈だ。
わたくしは、誘いに乗って蝶を追いかける。奥の間は少し薄暗い。リヒト殿下はどこかしら?
――……ギーッ、バタン! ガチャ……
……しまった! って、ギャグみたくなっちゃった! 違うの。そうじゃなくて……え~っと、そう。閉じ込められちゃった!
ほんの数秒パニックになっていると、扉の向こうから微かに走り去る足音が聞こえた。もしかしたら……
「ヴィア!」
二階からリヒト殿下が慌てたように降りてくる。
「大丈夫?何が起こったんだろう?どうしてここに?」
わたくしは、事の顛末を話した。
「……それは、エレノアかもしれないなぁ」
わたくしと殿下は、ひとまず扉近くの床に座った。何度か外に呼びかけたけれど、外の間の扉も閉められてしまったのか……護衛の方達まで声が届かないようだった。いずれ、誰かが気がつくだろうと、ひとまず落ち着く事にした。
「エレノア様ですか?」
「うん。彼女は、属性が“火“なんだ。瞳にしか、特性が現れなかったけど。炎を蝶の形にする魔法……お気に入りで、以前何度も見せてくれたんだ」
困ったねぇ……と、リヒト殿下は溜息を吐く。以前から少し思っていたけれど、リヒト殿下は、いつもどこかのんびりしている気がする。お話していると……何となく力が抜けてくる気が……。……うん。良き!です。
良き良きと、心の中で独り言ちる。
でもそうなると……やっぱり目的はわたくしな気がする。ずっと後をつけていたのも、わたくしが一人になる瞬間を狙っていたのだろうか? となるとこれは……
「意思表示……でしょうか」
「ん?」
「いえ……わたくしとリヒト様の婚約に意義があるのかと」
「えっ!?」
最近、二人きりの時はなるべく”リヒト様”と呼ぶようにしている。時々、間違ってしまうけど。他でもない、リヒト様ご本人の希望だから。なんとも、こそばゆい。
「でも、この婚約は陛下が決められたものだ。エレノアだって、わかってると思うんだけど……」
「だからこそ、なのかもしれません。他に手段もないので、致し方なく、と申しますか……」
リヒト殿下は、思案げに顎に手を当てている。闇属性だから避けられたり、厭われたりというのは、仕方ないと分かっていても、やっぱり少し傷付く。もし、魔力抑制具がなければ、みんなわたくしを好きにさせちゃうのに。うふふ。いけない。気持ちが、悪い闇魔法使いになっちゃった。
小さく溜息を吐くと、リヒト殿下もその意図に気がついたのか、申し訳なさそうに言う。
「なんというか……申し訳ない。たぶん、何か誤解しているんだ。ここから出られたら、僕がきちんと話をするから」
「いえ!そんな。むしろ、本当にそうだったなら、わたくしの方こそ申し訳ありません。巻き込んでしまって……」
「そんな! 君は僕の婚約者なんだから、これは僕の問題でもあるんだ。一緒に乗り越えて行く事であって、君が一人耐えるべき事ではないから」
本当にそうならだけど……と、殿下は困ったように微笑む。やっぱり、初めて出会った時の予感は当たっていた。とても優しい人だ。その言葉が、じんわり染み入る。自分で思っていたより、傷付いていたみたい。
「それより……こんなに暗いんじゃ、本も読めないね。多分、長くても数時間で気付いて貰えるだろうけど」
「はい。……魔法のお勉強の続きは、またの機会になってしまいそうですね」
「あ。そうだ。じゃあ、魔法の勉強って事で、こんなのはどうだろう」
殿下が指を1本立てて、宙にくるっと小さく円を描く。すると、急に無数の小さな光が現れる。まるで、夜の星空の中に、急に身を置いたみたいになった。
「わぁ」
「気に入った?僕にはこれしかできないけど……気に入ってて、時々やるんだ」
……これしかできない? どういう意味だろう?
首をかしげて殿下を見ると、それに答えてくれた。
「僕、光属性なんだけど、辺りを照らしたり出来る程の強い光が作れないんだ。第一次覚醒は、とっくに迎えているんだけどね。もちろん、治癒系の魔法も使えない。砂粒くらいの小さな光を、沢山つくる事しか出来ないんだ」
ほらっ……と言って、幾つかの光を流れ星のように動かす。
魔法を使えないわたくしには、わからないけれど……気にされているのかしら?
でも……
「こんな素敵な景色が作れるなんて……十分凄い事だと思います」
そうかな……と、リヒト殿下は照れたように笑った。
すると、扉の外がすこし騒がしくなる。ガチャと音がして、扉の隙間から光が漏れ入る。眩しくて思わず目を細める。
「申し訳ありません。気がつくのが、遅かったでしょうか?」
司書の方が顔をのぞかせる。わたくしは、リヒト殿下の手を借りて立ち上がり、扉の外に出る。
すると、そこには皇后陛下と、涙を流すエレノア様の姿があった。
「ごめんなさいね。エレノアから聞いて、驚いたわ。二人とも、大丈夫だった?」
「母上。大丈夫です。ありがとうございます。……エレノア!なんでこんな事したんだ」
殿下がたしなめるようにそう言うと、エレノア様がびくっと肩を揺らす。
エレノア様は、一層泣きだして、リヒト殿下に抱きついた。
「おに、さま、ごめ、んなさ、い……ごめんなさい~~~」
リヒト殿下は、困った様子ながらもしっかりと妹姫様を抱きとめて、頭をなでてる。
皇后陛下が、頬に手を当て、ちょっと困ったように笑ってる。
「ごめんなさいねぇ」
いいえ。愛らしいご兄妹で、とても微笑ましいです。わたくしは、微笑みながら首を振った。




