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9月17日 土曜日

 とろたまぶっかけ食べたあと、塾じゃなくて第三の憩いの場行ったらお日さまぬくぬくで眠たくなってきたてるてる坊主です。


 眠いけどそろそろ暑くもなってきました、てるてる坊主です。


 正面向いたらまぶいし、背中向いてたらうなじと服が熱されて熱くなってきました、てるてる坊主です。


 暑くて熱くて眠気覚めてきたんだが?


 まぁ昨日の議論(誰もしゃべってない)の発表会としましょう。


 まず俺は人を殺せるだろうと判断した。


 前提として俺の人に対する考え方について話したい。


 私は以前言ったように物語の主人公に感情移入する癖がある。物語には味方もいれば敵もいるわけだ。


 その結果、心を守るために現実で好感度システムというものを導入した。


 この好感度システムは、私の感性に合う者ほど重要度が高く、感性が合わなければ低いという者だ。


 例えば、私には小学校からの幼馴染みと呼べる者がいるが、その者の重要度は100である。それは、話が合うこと、私と同じように海岸などで数時間何もせずにぽけーっと出来る稀な人物であること、など一般的に好印象を持っている人物であることに由来する。

 一緒に過ごした時間が長いというのも、理由の1つだ。


 だが、部活で仲の良かった友達はまだ50でしかない。それは、確かに仲が良かったものの上記の人物のように私と感性がかなり近いという訳ではないこと、少なからず一緒の時間を過ごしたがまだ定めきれていないこと、などがある。


 さらに、ただのクラスで仲の良い人物であれば10がいいとこだろうか。それは、話をするときこちらが合わせていたことがあること、一緒に過ごした時間が少ないこと、などがある。


 ここで、話をするときにこちらが合わせていたことから好印象を低くすること、に対して、自己本位だと反感を抱く方もいるかもしれないが、そもそも私の考えた好感度システムというもの自体が自己本位であり、私が上記の好感度100の人物との理想はお互いがなんの隔意もなく明け透けに心を開けることである。


 そこから好感度システムは、心を開ける度システムと考えてもいいかもしれない。


 ……俺もよくわかんなくなってきたぞ???


 まぁそんな感じであり、読者諸君には察して欲しい。ホント、お願い、頑張って。


 続きだが、通りすがりの人々は好感度0である。それは、判断する材料も、時間もないからである。


 しかし、私の感性とかけ離れた人物、例えば犯罪者ややべぇ奴などである。極論は小説にいる、人を人と思わない悪徳貴族だろうか。私には人を虐げ、苦しむ姿を楽しむ感性を持ち合わせていないからだ。


 SMプレイは知らんけど、愛があったらいいんじゃね?


 まぁ、そういった人物はマイナス評価である。理解し合えると思うほど、私はお利口じゃないのだ。


 前提長すぎて草。


 この前提を元にして、私は好感度が低い者に何かを罵倒されても気にすることはない。なぜなら、感性が違う者に何かを訴えかけても無駄だし、正直どうでもいいからである。


 こう考えると現代社会でなんかあっても楽だぜ。


 ここでトロッコ問題を出そう。この場合は、好感度100の者と、好感度マイナスの者100人を天秤にかけるとする。


 知らない方はトロッコ問題で調べておくんなんし。


 この時私は、迷いなく100人殺して幼馴染みを助ける。


 恐らく、良心の呵責に苛まれることもないだろう。なぜなら、どうでもいいからである。


 正直好感度0の通りすがりの人100人でも即決だろう。

 同じ好感度の者同士であれば、人数が少ない方を殺すだろうか。


 書いてて思ったけどこの小説15禁の注意出してなかったよね?まずいかな?


 あ、どうしよ。


 ま、まぁ、気にしなけば多分気付かれんし、大丈夫だろ。…………多分。


 ちょっと時間なくなっちゃったからまた明日続き書くわ。


 模試がやだぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!


 つづく

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