キセイが侵食しています
《流血描写を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
包丁で指を切った。
一瞬ひやりとした激痛が走り、その直後に痛みを感じなくなる。
神経を切ってしまったのか、その思考に思わず脂汗が出てくる。
そして流れてくる真っ赤な液体。
余程深く切ってしまったのだろう。
勢いよく、とめどなく溢れ出て先程まで切っていた真っ白の大根を赤く染める。
何がなにやら分からず、何をしたらいいのかもわからず、血液を見て思い浮かべる単語は『死』。
同時に思い出される事実。
人間は3割の血液が無くなると死ぬ。
目の前が真っ暗になり、猛烈な吐き気を催した。
思わずしゃがみこみ、次第に荒くなる息を意識した。
目の前が渦巻き、少しずつ痺れ始める左手を知覚する。
そして聞こえてくる幻聴。
視界の端に血液が見えた。
それを見ることで吐き気と目眩が酷くなる。
そして思わず見つめてしまった。
記憶にある血液は綺麗な真紅色。
だがそこにあるのは、なんとも綺麗な蛍光ピンクの液体。
震えながら見た指からは、相も変わらず溢れ出る血液。
ふと視線を向ければ、手のひらは蒼白になっている。
意識してみれば、痺れてもわかるほどの寒さを感じる。
《グロ表現を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
そして体から出てきたものは、とても生物が持つものとは思えない蛍光色の液体。
よくよく見てみれば、傷口は白い光によって隠されており、とても現実とは思えない。
加えてまた聞こえた幻聴。
極度のストレスで幻覚を起こしているのか。
一瞬そう考える。
そしてそれが合理的な答えだと、妙に冷静な頭で納得。
そうこうしているうちに吐き気とめまいは治った。
取り敢えず水道で傷口を洗う。
相も変わらず痛みは感じない。
サッと洗ったら強く圧迫。
痛みを感じないのでどれだけ強く握っているのかは分からないが、できるだけ強く握っている。
しばらくそうして止血し、少し位なら動いても問題ないかと判断。
取り敢えずこの状況で病院まで行くのは難しい。
なので、大人しく固定電話から119。
包丁で痛みを感じなくなるほど深く切ったことを伝え、ストレスからか幻覚まで起こったことを話す。
直ぐに救急車が来てくれるようだ。
鍵は幸いにも空いているので、勝手に入ってくるよう促す。
そして流れるような応急処置を受け、病院へ。
まずは包丁で切ったケガ。
計8針縫う大怪我だった。
《肉体の意図的な破損を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
そしてまた幻聴。
縫っているところを恐る恐る覗けば、黒い影が治療風景を覆い隠している。
最後に針を見ようと縫い終わったあとに見てみれば、また黒い影で覆い隠してある。
次いで精神科医へ。
幻覚が起こっていること、特に幻視と幻聴が出ていることを告げる。
医者に何が見えるのかを聞かれた。
血液が蛍光色になっていること。
傷口が白い光で埋まっていること。
医療道具が黒い影で覆われていることを話す。
医者は微妙に微妙そうな顔を微妙に浮かべた。
その目はなんとも言いきれない色を浮かべている。
そして告げられる。
曰く、それは普通の色だ、と。
昔から血液は蛍光ピンク色で、傷口は白い光で覆われていて、人を傷つけるようなものは黒い影で隠されるものだと。
寧ろ何が見えていたのかを尋ねられる。
正直に答えた。
血液は深紅で、傷口は白い光に覆われず、医療器具は黒い影で隠されないものだと。
医者はカルテに何かを描き始めた。
そして唐突に。
精神病棟への入院が決まった。
ストレスから統合失調症を発症して、記憶が錯乱し、認識が混乱しているからだそうだ。
ここまで来ると、自分の記憶が信じられなくなる。
素直に入院の件について受け入れた。
さしあたって着替えを入手するために病院から出てスマホを取り出し、家族に連絡を入れる。
《高依存性物質を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
スマホにモザイクがかかっている。
それでも何となく画面の状態は分かる。
これが正常だと考えると、今までの記憶はなんなのだろうかとふと思う。
そして自己解決。
恐らく記憶の捏造。
それもストレスにやられて突発的に起こったもの。
慣れるまでは苦労するだろう。
しかし、これが普通なのだから、違和感を覚える方が異常だ。
どうにか元の記憶を取り戻したい。
《有害物質を放射する物体を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
夕方頃、妙にデフォルメされた太陽が沈む頃に家族が来た。
口々に平気かを訪ねてくる。
それに当たり障りのない答えを返す。
《描写の非合理性を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
瞬きとともに聞こえる幻聴。
目を開けた途端、世界が一変していた。
今までのリアルな三次元から、アニメ調の二次元な光景な広がっている。
病室に1人になり、ふと、テレビを見ようと思った。
適当に着けた番組は、ニュース番組。
昨今の戦争についての開戦側のスピーチが映っていた。
《世界の破壊、及び醜悪な欲望を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
《非生産存在を確認。以後同様の描写について規制を実施します》
今度は2度聞える幻聴。
瞬間、白い光で目の前がいっぱいになる。
どんどん光は強まり……
……
…
《描写の最適化を確認》