第9話 VSカストロ
「行くぞ」
ブン、と音がして剣が迫ってくる。
速い。身体強化しても目で追うのがギリ。
この速度、明らかに今までの敵とは格が違う。
カストロは、大上段からの振り下ろしだ。
身体強化、バックステップ。目と鼻の先でギリギリかわす。
正直、手加減とか考えてる暇ない。相手が死のうが知ったこっちゃない。
火のムチを出してブンブンと振り回す。ダンジョンのボスを全てワンパンしてきた最強の攻撃だ。
こちらから相手の元へ、幾筋もの光の残像が伸びる。
紫に光る光熱が、ボボボボ! と殺意満点の音をひびかせる。マシンガンでも撃ってるみたい。
普通の敵なら、みじん切りした人参みたいになるところだ。
顔色を変えることなく、カストロが剣を振るう。
ズババババ!
剣で全部弾かれた。
圧巻。とんでもない速さで大剣を振り回す姿よ。重力どこいった?
仕方ないので、100個ほど火の玉を生成。上下左右、全方向からプレゼント。
すると相手方、何やら剣を持って攻撃の構え。
あれ、さっき見たヤツ。
「竜撃斬」
ブン。
ズッパアアン!
出していた火の玉全部切られて、ムチも吹き飛ばされた。
ついでに、今立っている場所、右足から10センチ横の地面が吹き飛んだ。グパアって。
当たったら痛いどころの話じゃねーよ。
「これで終わりか?」
めっちゃ偉そうに言ってくるけど、正しい。偉ぶっても許されるくらい強いんだから。
恐ろしい強さだ。こいつなら地球に攻めてきたエイリアン相手でも1体ぐらいは倒せるんじゃないか? って思ってしまうくらい。
どうすっかな、とこちらが悩んでいる手前、竜騎士様は余裕そうに質問してきた。
「貴様、中々優秀な魔法使いだが、所属はどこだ?」
「所属? えーと、冒険者ギルドってことになるんですかね?」
「なぜ疑問形で答える」
「最近登録したばかりなので。あ、いや、登録はしてないですね」
指輪を売っぱらっただけで冒険者の登録はしてない。
「冒険者ではないのか? 貴様」
「違うみたいです」
「それでは何なんだ?」
「とすると、無職ってことになるんですかね」
「これほど強力な魔法が使えて、どこにも目をつけられていないということはあるまい」
雇い主を答えるとなると、神様ってことになるんだろうけど。
でもそれは言っちゃいけない気がする。
確か、目の前の竜騎士様は、聖国クロリアなるところの出身だったはず。
とすると、その国には信ずるべき宗教と神様がいるはずだ。
うん。
神様にお願いされてカリルエットちゃんを保護しました! たまたま聖女でした! なんて言えない。面倒なことになる。
あ、一ついい身分があったじゃないか。
「ゾーク家の奴隷だったことはありますね」
「ど、奴隷!? テンは奴隷だったの!?」
カリルエットが先に反応した。めちゃくちゃビックリして目を大きく見開いている。
さっきぶん投げられてたけど無事だったんだね。よかった。
「ゾーク家? それはどこの貴族だ」
「えーっと、ファスタ共和国の貴族ですね」
俺が最初にいた国はファスタ共和国だ。ゾーク家とダンジョンにお世話になった国。
「隣国の貴族など知らん」
「えぇ……」
「それよりも、お前がどこにも所属しない野良の魔法使いだということが分かった」
カストロが大剣を両手で持つ。ブン、と正面に構えなおす。
「お前は聖国にとって危険だ。よって排除する」
「テン! 逃げて!」
どうやらお相手さん本気モードの様子。
だるい。これ以上ジリ貧の戦いを続けるのも無理そうだし。
「はー仕方ないな」
嫌だけどやるしかないかー。
こちらが決意を固めると同時に、カストロが動き出す。
「行くぞ……竜撃斬!」
ブン、と剣が振られる。
こちらも同時に魔法を唱える。
前世の魔法だ。
「身体強化、ダブル」
ぐわん。
世界が歪む。遅くなる。
速い! って感じだったカストロの剣。
今は遅い。遅すぎる。まるでスロー再生だ。
太陽に入っても耐えれるレベルに体を強化する身体強化。これを2重にかけることで更なる高みへ。
銃弾を箸でつまめるスピード。
デコピンで衝撃波を生み出すパワー。
怪物を超えて人型兵器。これなら竜騎士だろうがエイリアンだろうが関係なし。皆平等に雑魚だ。
竜撃斬とかいうかっこいい攻撃もこれでは残念賞。
斬撃。
衝撃波。
踏み込みに応じて弾ける地面の土の一粒。
何もかもはっきり見える。今ならいたずらし放題だ。勝手に両足の靴紐をほどいてもバレやしないだろう。
もちろん、強力な代わりに消費魔力は跳ね上がる。
通常の身体強化の100倍だ。
だから、なるだけ通常の身体強化だけで済ませたかったんだけど。
こうなってしまったのだから仕方ない。
手刀を作る。
竜騎士様の首に向けて。
「えいやっさ」
上から手刀を下ろす。
で、その場から離れる。
身体強化、解除。
ズドーン!
目にも留まらぬ速度でカストロが墜落。頭から地面に刺さって、哀れな様相を呈しておられる。
さっきまであれほど偉ぶってたのにこの落差。
遠くで観戦してたカリルエットとドラゴンも、口をあんぐりと開けてぽかんとしている。
「終わりました」
いつの間にか黒ずくめの方々はいなくなっている。
カストロは黒ずくめのことを魔王崇拝者と言っていた。神様も、魔王側の組織がどうのこうのと言っていた。
やっぱりそういう派閥、あるんだろうか。ちょっと危険な響きだ。魔王崇拝者。
「グルルルルル」
ドラゴンが唸っている。襲ってくる? やめてよね? 騎士様やられたんだよ? 潔く負けを認めて欲しいんだけどね?
あ、やるのね。はいはい分かったよ。
身体強化パンチ!
ズドン。
ドラゴンが錐揉み回転しながら遠くの山まで吹っ飛んだ。秒速20回転。
まあドラゴンだしこれぐらいは大丈夫だろう。
「わ、私、夢でも見てるのかな……」
ついにカリルエットの認識が追いつかなくなった模様。
トラックよりもでかいドラゴンが吹っ飛ぶなんて中々ないもんな。
殴った感じ、六本木ヒルズよりも硬かったし。
「夢じゃないよ」
「テンっ!」
カリルエットがこちらに駆けてきて、無言で抱きついてきた。
そう抱きついてきたのだ。
え!?
「え!?」
大変なことが起きてしまった。
銀髪ショートカットのボーイッシュな聖女が抱きついてきている。俺の胸にすっぽり収まっている。
人のぬくもりだ。久しく忘れていた感覚だ。
「か、カリルエットさんや」
声をかけたところ、ぎゅっと強く抱きしめられた。銀色の毛先が揺れた。女の子のいい匂いが。
しばしの間その状態をキープ。
するとどうしたことか。唐突にカリルエットが泣き出した。
「私、帰りたくないよ……」
どうやら故郷である聖国クロリアにはトラウマがある様子。
「でも聖女だよね?」
「うん……」
カリルエット、上目遣い。目を赤くして、涙目になって見上げてきている。
ドクン。
ぐっ! 心臓にダメージが!
危険だ。彼女は危険すぎる。
「じゃあ……一緒に旅しますか」
「うん!」
涙を拭ってニコリ。太陽のような笑顔。透き通った笑顔。
耐えろ、耐えるんだ俺!
リーニアがいい例だ。牢屋にいる一瞬で騙された。結局ビッチ。クソビッチ。
何年もかけて病気を治したのに浮気した彼女もそうだ。
カリルエットが浮気しないとは限らない。おーけー?
思い出せあの絶望を。
思い出した。二度と経験したくないあの日の記憶。
一気に冷静になった。
カリルエットの方を直視しないように注意しつつ言う。
「これからもよろしくお願いします」
「なんで急にそんな丁寧になるの」
「いや、さっきまでは気が動転していたから」
「私はさっきみたいなのがいい」
「…………」
あーだめだ!
惚れそう。
「えー、わかった。カリルエット。こんな感じでいい?」
「カリィでいいよ。よろしくね。テン」
「うっ」
笑顔が眩しいよ。銀髪ショートカットが美しいよ。
こうしてあれやこれやと苦難を乗り越え。
俺たち二人は勇者パーティーのいるミリオン王国首都まで向かった。
2週間後。
もうちょっとで到着する直前だった。
『すまん、テン、カリルエット』
「あ、神様。すまんって何」
「えっ!? 神様!?」
びっくりするカリルエットを傍目に、神様の次の言葉を待つ。
『お主ら、死んだかもしれん』