第3話 屋敷の奴隷
翌日から本格的なお屋敷生活がスタート。
最初の一ヶ月は、屋敷内の掃除をすることと相成った。
俺の担当は拭き掃除だ。
雑巾と水の入った桶を標準装備し、汚れという汚れを余すことなく駆逐する。
数千年ぶりの掃除。どんな局面にも自動対応する清掃魔法を完成させてから、それしか使ってなかったためだ。
だが魔法を作る過程で「清掃って一体どこまでやるのがゴールなんだろう」と思い至り、掃除というものを極めてみたことがある。
その経験があるからこそ、今こうして徹底した掃除ができている。
おかげで屋敷のメイドさんたちからの評判も上々だ。多分。
で、1ヶ月の間に何人か名前が分かった人がいる。。
イケオジの名前がゾーク・ライエル。ゾーク家の当主ライエルだ。みんなからはライエル様と呼ばれてる、と思う。
メイド長がシルビア。こちらは家名無し。40代前半くらいの丸メガネのおばさん。
よく見かけるメイドさん何人かと、飯を作ってくれる料理人の人もいるが、こちらは名前を確認できていない。多分何回かは聞いてるけど、誰が誰だか認識できていない状態。名刺をくれ、名刺を。
あとは、「リーニア」という名前を頻繁に耳にする。けど誰かは知らん。
メイドの人が全員その名前を口にしていた。一人ひとり別の場所で。だから多分メイドの誰かのことを言ってるわけではないと思う。
全員が知っている有名な人。
イケオジの奥さんかな? それとも娘? まあどっちでも関係ないか。一度も見たこと無いし。
あー今の生活だけでも十分幸せだわーなんて思ってたら、1ヶ月経過後に仕事内容が変わった。
教育だ。教育が始まった
教育する側ではなくされる側。教えを受ける立場だ。
教わるのは、言語、文字、算術、礼儀作法、その他もろもろ。
とにかく一日中いろんな人が来て、俺の部屋でみっちりと勉強させられる。
勉強は嫌いじゃないから別にいいけど、なんで急にこんなことになったのかは不明。
待遇良すぎない? 人違いとかじゃない? 全裸で街に来た変態奴隷ですよ?
そんな教育期間は2週間で終了。
勉強の甲斐あって、簡単な日常会話程度ならこなせるようになった。教えてくれていたメイド長さんもこれにはびっくりの様子。
1万年の経験と知識を使えばこんなもんよ。
言語形態は、フランス語とかスペイン語とか、ヨーロッパ系の言語に似ている感じだ。主語省略とか名詞の性とか、そういうところが特に。
読解は少し難易度が高めかもしれない。中国語とかみたいに文字の種類が多いわけじゃないけど、読むのが難しい。
筆記体で書くのが主流みたいで、メインの文字を全部覚えても、それだけで文字が読めるようにならない。
初めてアラビア語に直面した時と同じ感じ。え!? これ小学生のお絵かきじゃないん!? みたいな。
礼儀作法は結構適当だ。そんなに堅苦しくない文化なのかも。いいね。
テーブルマナーは地球のやつとほぼ同じ。こちらでもフォークとナイフを使用して食事をすすめる方式が主流らしい。せいぜい食器の置く位置と向きが違う程度。
で、問題はなぜこんな教育を施されたのか。
その答えが今日判明した。
お嬢様だ。お嬢様。このお屋敷のご令嬢様が来たのだ。
「リーニア・ライエルよ」
これは、はっきり聞き取れる。メイドの口から何度も聞いたからだ。
リーニア。ゾークさんの娘さんだったらしい。
金髪慧眼。背は低い。中肉中背の俺の3分の2くらい。
中学生かな?
顔ちっせえ。目でけえ。鼻小さいけど立ってて、光の当たった時の鼻先に反射する感じがめっちゃいい。さすがイケオジの娘。アイドル顔負けのポテンシャルを見せつけてくれる。
ちょっと釣り眼で怒りっぽそうな印象を感じる。怒ったら止まらなそう。あとわがまま多そう。
「あなたの名前を教えなさい」
「テン・セイシャ」
「テンね」
冗談のつもりがマジで受け取られてしもうた。
地球ジョークは異世界には通じないようで。
「テン、今日からあなたは私の〇〇〇よ」
聞き取れなかった。初めて聞く単語だ。
わからないので、近くにいたメイド長シルビアさんの顔を見る。
リーニアには聞こえない声量でコソッと教えてくださった。
「世話をする人、という意味です」
さすがメイド長有能。
なるほどつまり側付きか。
は? なぜ? 冷静に考えるとおかしい。そもそも性別も違うのに。
「テン!」
「はい!」
リーニアお嬢様が名前を呼んでくださったので、下僕は元気に返事をするまでである。
「跪いて頭を垂れなさい」
「はい?」
雲行きが怪しい。
「どうしたの? 早くしなさい!」
「ははー」
土下座、平服。
お嬢様は嬉しそうに笑った。
で、こちらの後頭部に細くて小さい足をドーン! かかとグリグリ!
下僕としてはたまったもんじゃない。
「いい子ね!」
「ははー」
嬉しいようで何より。素晴らしい性癖をお持ちのようで。
ちらり、顔を横に向ける。シルビアさんが申し訳無さそうな表情で見てきてる。なんすか。何が言いたいんすか。
とりあえず、大丈夫ですよーの意味で笑顔。引かれた。なんだこいつって目をされた。
分かったよ。つまりあれだ。お嬢様に問題がありすぎて、側付きが見つからなかった案件だ。
変態奴隷の左遷先としてはぴったりな職業ではなかろうか。むしろ俺としては一向にかまわないくらい。だって今までずっと掃除だけで、正直飽きてきたまであるし。
それに屋敷の外の様子も知りたい。このリーニアお嬢様に付いていけば、少しは異世界を見る時間が増えたりするんじゃなかろうか。
もちろん、変な気を起こす気はない。どんなに見た目麗しいご令嬢様でも、あんなことやこんなことをいたすつもりはありません。
一万年分の性欲くらい自分でコントロールできますとも。……多分。
それに初対面で頭踏みつけてくるような、ちょっとアレな人みたいだし。
「テン! 行くわよ!」
「はい」
それから1週間が経過。
リーニアはマジでお転婆。あれをやれ、これをやれと、常日頃からわがままマシンガン。
側付きの俺にだけでない。周囲のメイドやら客人やらにもだ。平気で無理難題を押し付ける。
「ここにある服全部欲しいわ! 買いなさい!」
「あのブサイクなメイドをすぐクビにしなさい!」
「あなたのせいで靴が汚れたわ! 舐めてキレイにしなさい!」
まるで活動が活発化した火山のよう。
お元気そうでなによりだが、周囲の人はかなり迷惑に思っている様子。
うーん、なんとかしたいけど無理やろなあ。
なんて思ってたら、早速事件発生。
俺は現在、地下牢に閉じ込められています!
石畳に鉄格子。見覚え、あります!
初めて街に来てぶちこまれた場所と同じ。2ヶ月ぶりの再会だねマイホーム。おお懐かしや。
そして横を見ると、あらまあリーニアお嬢様がいるではありませんか。
しかもボッコボコに殴られた状態で横たわっている。きれいな顔が腫れ上がっている。痛そう。
はい。襲われました。街の外を護衛俺だけで歩いてたら急に。
すったもんだの末見事に誘拐されて、目が覚めたらここにいました。はい。
そりゃ護衛付けずに買い物してたらそうなるわな。お貴族様のご令嬢やぞ。
それもこれも「邪魔だから護衛はどっか行ってなさい!」と命令したリーニアお嬢様が悪いんだが。
まあ、素直にどっか行っちゃう護衛も護衛だが。
「うぅっ、ここは……」
「目を覚まされましたか、リーニア様」
「……地下牢ね」
あれ? 随分と落ち着いていたっしゃるようで。
喚き散らすかと思ったけど。
「お体は大丈夫ですか」
「ええ……ちょっと痛いけど、我慢できるわ」
んん?
なんかキャラ変わってない? こんな理知的な発言できる人間じゃなかったよね?
「お嬢様?」
「何? ああ、私のこと? 気にしないで。もうテンと会うこともなくなるだろうし」
「それはどういう意味で?」
「私はあの屋敷から脱出するわ。そのために誘拐されたの」