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宇宙を目指して〜  作者: 東雲もなか
3章 造山帯
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08話 噛み合う二人

 エントランスの方に出ると雲雀さんは居らず、代わりに他のスタッフが待っていて手招きをしてくる。


「えっと、中島さんと輝さんと・・・斎藤さんですね」


『はい(でござる)」


「はい!」


 ロッキーは本名で呼ばれたことがそんなに嬉しいのか、意気揚々と答える。


「では、こちらを着けてください」


 渡されたのはネームプレート。

 首から下げるタイプですでに名前は印刷してある。

 子供と接する為なのかふりがなも振ってあった。


 私は言われるがままにそれを首から下げた。


「なんで、私のだけロッキー斎藤って書かれてるんだよ。芸名みたいで、ちょっと嫌なんだけど!」


「良いじゃん、ジャニー喜多川みたいで」


「良くないけど⁉全然良くないよ」


 適当にごまかしてみたがダメだったみたいだ。


「せめてロッキーにしてほしかった・・・」


「それで良いんでござるか⁉」


「え?何が?」


 ロッキーはその呼び名を受け入れ始めていることに気が付いていないようだ。

 面白そうだから何も言わないでおこう。


 ロッキーの嘆きが一段落して、説明が始まる。

 と言っても本番で私達がすることは子供の手伝いくらいなので、大した説明でもなかったのだが。


 要は刃物を使うので気をつけようということや、小学生低学年などには難しい部分があるので、あくまで自主性を尊重しながら手伝ってあげるということだった。


「もうそろそろ、第一部が始まりますので準備お願いします」


『わかりました(ったでござる)』


 体験教室が開かれる教室に入り、ホワイトボードの前に並んで準備しておく。

 ぼーっと眺めていると、他のスタッフが何やら慌ただしく動いていた。

 気になって耳を傾けると会話の内容が聞き取るれる。


「え⁉机が足りない?そうだ、バイトのこの控室にあったの持ってきて」


「その・・・それはもう既にそこに・・・」


 申し訳無さそうに指を指している。


「どうするの立って作業なんて出来ないし、ましてや床だなんて」


「床じゃだめなんですか?」


 私はつい、彼らに意見してしまう。


「あ? そりゃそうだろ。床になんて座らせるわけにはいかないだろ?」


 さっきの会話から察するに、リーダー格もしくはそれに準ずるだろうスタッフが、呆れとも軽蔑とも取れる態度を見せる。


「明氏ちょっと・・・」


 慌ててひーちゃんが間に入って来て「すみませんでござる」と頭を下げる。

 別に喧嘩をしていたわけでも無いので、彼はそれで引いてくれた。

 でも、方の話はまだ終わっていない。


「やっぱり私は床だと何故だめなのかわかりません」


 ひーちゃんはかすれる声で「明氏、控えるでござるー」と慌てて私を止め、男はため息をつく。


「ひーちゃんは黙ってて。今日って結構小さなお子さんとかもいらっしゃるんですよね。そういう子達はまだ長時間イスに座っていることが難しいと思うんですよ」


 私が話せばまたも、ため息を付き首をだるそうに振る。


「小さいって言っても小学生じゃないか。授業でいつも座ってるんだ、せいぜい一、二時間くらい問題ないだろう」


 後から小さくつぶやく「これだから・・・」という言葉。私のことを嘲るような表情。

 続く言葉が何なのかわからないが、それだけでも多少イラッとする。私はその苛立ちを抑え至って冷静に、


「身長の低い子が大人用の椅子に座るのって案外、きついんですよ。私が幼い頃そうだったので。それに、授業中に立っちゃうことかもいますし・・・」


「それって体験談?」


 途中から入ってきたロッキーが妙に鋭いことを言う。

 もちろん小学生の時だよ。それも低学年のときの。


「そういえば、明氏ってやたらと発表したがるでござるよね。あれって・・・」


「わーーっ 何も聞こえなーい!」


「いや、明氏が聞こえなかったところでこっちは聞こえてるでござるからね」


 今度から少し手をあげる回数を減らそうと思いました。


「あ、うんそうだな・・・ 佐藤さん、確か衝撃吸収マットどっかあったよね。あれ持ってきて」


 なんだか大切なものを失ったみたいだけど、納得してもらえたみたいだ。

 できれば人を憐れむような目で見つめられてなければ尚良いのだが、無理そう。


「何してるんだ。君たちも前の方の机動かすの手伝って。あぁ、机の配置変えたら誰が何処に座るかも決め直さないとまずいな」


「それは私に任せなさい」


 ロッキーが文字通り胸を張る。

 否、胸が張っている。そして私の奥歯が削れる音がする。


「はいこれ」


 差し出すのは、一枚のプリント。

 そこには参加者と思われる人たちの名前が並んでいた。「どうしたの?」


「へへへ、作ったんだよ、席表をね。ふふふ」


 男、そういえば名札を見たら佐々木と書いてある人が、紙を受け取り一瞥する。


「ちゃんと出来てる。でもいつの間に印刷を?」


ロッキーは「あーそれなら」と言いにくそうにしている。


「えーっと、ここのネットのセキュリティもっとちゃんとしたほうが良いですよって言って置いてください・・・」


 セキュリティってどういうことだろうか。

 ていうかそもそも答えに成って無い気がするのだが、佐々木さんが驚愕している様子を見るに、意味は通じているのだろう。


「ロッキーさんだったかな?後で話があるから、お昼休みの時ここに残っててね」


 目を細め一見笑っているように見えるが、抑揚の無い声から感情が読み取れる。

 この人怒っている。


 この後どうなることやらと、気が重かったのだが幸いとして目を着けられた時のような態度を取られることもなかった。

 それに、初め受けた印象とは違い佐々木さんは意外と堅実な人に見えた。

 あのときは焦っていて余裕がなかっただけなのだろう。



 ちょうど準備が終わるとそれを待っていたかのように一組目のお客さんが来た。

 後少し手間取るようなことがあれば、間に合わなかったと思うと心臓がドキッとする。


 そしてすぐに二組目、三組目とダムが小さな亀裂から崩壊するようにお客さんがやってきた。

 最初のお客さんが来て五分もしない内に、予約していた人の九割が到着して案内された席に付いていた。


「説明は俺たちがするから、後はフォローよろしく」


 佐々木さんが正面から顔を横にいる私たちの方へ向けて言う。

 かと思えばすぐに元の方向を向き直りマイクを握りしめていた。


「本日は、イベントに参加いただき、ありがとうございます。説明を担当させていただく佐々木潤です。よろしくお願いします」


 こうして、工作教室は始まったのだった。



 作業が進んでいく中で、以外にも苦戦する人は少なかった。

 難しいところは親が手伝っているっていうのもあるが、第一に佐々木さんの説明がわかりやすかったからだろう。


 リーダーをやっていたのは伊達じゃなく、その素質があったからだろう。

 人にものを伝える力は、それだけ強力なのだ。


 それでも、困っている人がいないわけではなかったので、ひーちゃんとロッキーが手伝っていた。

 私は、別にどうでも良いじゃない?



「明氏、大活躍でござったな」


「そうね、あれは助かったな」


「私は何もしてないよ〜」


 そう、私は何も仕事をしていない。嘘は言っていない信じてほしい。

 いや、まあ、バイトに来ていてそれはそれでどうかとも思うが、事実は事実だ。


「そんなご謙遜を。飽きてしまった子供たちの世話、助かったんだよ本当に」


「そうでござるよ。それにしても、明氏かなりなつかれていたでござるよね。やっぱり、精神年齢がちかいから・・・ なんでも無いでござる」


 全部言ってからなんでも無いと言われても、こっちはどうしたら良いのやら。

 考えてもわからないので。

 とりあえず首辺りに腕を掛けて締めておく。


「何処かの誰かが言いました。案ずるより産むが易しと。考えていてもしょうがないからやっておしまい」


「そんなドロンジョみたいなことわざが、あってたまるかでござる」


「ロッキーさんちょっといいかな?」


 一通りの片付けが終わった佐々木さんが、私達のところへやって来た。


「はい何でしょう。もしかして、私の頑張りを見て是非お礼がしたいって?いやー照れるなー。そんなの気持ちだけでいいのに。まあ、どうしてもって言うなら足をなめても良くってよ?」


 何を勘違いしたのか調子に乗るロッキー。

 もしかして彼女は、この部屋に入って来て最初の方、自分が何をしたのか覚えていないのだろうか?

 鳥類なのだろうか?


「良いから、こいっ」


 流石に堪忍袋の尾が切れたようで、問答無用首根っこを掴みバックヤードへ消えていった。



 私とひーちゃんが支給された弁当を食べながら、ロッキーはまだ怒られているのかな?

 なんて話をしていると、ようやく戻って来た。


 少しは凹んでいるだろうからと、「今度一緒にカラオケでも行こう」なんて励ますかとか考える。

 しかしそれは無駄に終わった。


「たっだいまー‼ 二人共見て!」


 取り出したのは赤と青の星が一つづつ書かれた箱が二つ。

 さっきよりもテンションが高い彼女は本当に怒られてきたのだろうかと不思議になる。


「それは何?」


「良いでしょー サーボ貰ったの」


「え?何?」


 サー坊?

 誰それ新キャラ?


「サーボモータのことでござるよ」


「だからそれは何なのっ。私はそんな省略された説明でわかるほどオタクじゃないの」


「位置制御ができるモータ・・・て言ってもわからないでござるよね」


 ひーちゃんが聞いてくるので素直に頷いておく。


「うーん、つまり普通のモータでは出来ない、何分の何回転させるとかを自由に指示できる機械なんでござるよ」


 ひーちゃんはこれで伝わったのか心配そうにしている。


「それなら、なんとなく・・・」


 私がそう答えると、彼女はほっとため息を付いた。


「で、結局それをどうするつもりなの」


 あれだけ喜んでいたのだ。何か既に使用用途が決まっているのでは無いかと思ったのだ。


「そうそう、輝だっけ?」


 思い出したように、ひーちゃんに聞く。

 ひーちゃんは「そうでござるよ?」と次の言葉を促すように答える。


「これさっきの飛行機に組み込めないかな」


 ひーちゃんは顎を親指と人差指の背でつかみ、考える。


「・・・どうでござろうか?できるとは思うでござるが、重量的に飛ばすのは難しいと思うでござるよ」


「やっぱりそうかー」とロッキーは悔しがる。

 しかし予想していた事だったらしく、それほど凹んでいるわけではなかった。

 それどころか、


「じゃあさ、ここをこうしたらどうかな」


 準備していたであろう案をだす。


「それなら、五分五分でござらんかと」


「やってみない?」


「良いでござるよ」


 私が会話についていけない間に何かが決まったみたいだ。

 この置いてけぼりを食らっている感覚は、少しジェラシーを感じてしまう。


「何してるのっ」


 いても立ってもいられなくなった私は、話あっている二人の背中に思いっきり飛びかかった。


 二人共びっくりしているようだったが、思ったよりよろけることもなく、うまく受け流せたようだ。


「明氏、これにさっきのサーボを付けて、操縦できるようにしようと思ってるんでござるよ」


「なにそれ、すっごい面白そうじゃん!なんで二人だけでそんな楽しそうなことしてるの!ずるいよ‼」


「え・・・いやでも・・・」


 ロッキーが悪いことをしてしまったと言うように、ひーちゃんを見て助けを求める。


「気にすることないでござるよ。明氏は常にこんな感じだから無視していればいいでござる」


「そ、そう? あっ、それでさちょうどコントロールユニットも持ってるからこれも付けたいんだよね。そしたら、スマホで操縦できるし」


 ロッキーが取り出したのは、消しゴムくらいの大きさのプラスティックで出来た箱。

 ひーちゃんはそれを受け取り観察してみる。


「これくらいならなんとか載りそうでござるね」


「重たくなるのがだめなんだよね」


「他にもあるでござるが、大きな問題点としてはそんなところでござるね」


「それならさ、動力をゴムじゃ無くて、本当のラジコンみたいにモーターにかちゃえばどうなの」


 もともとかなり軽い機体なのだ。

 推進力が上がれば、多少重くなったところで問題になりそうに無い。


「それはねぇ。やっぱりゴムでプロペラを回していることに意味があるでしょ」


「そんなもんなのかな?」


「そうでござるよ。これが、女にはわからない男のロマンでござる」


 ロッキーも「うんうん」と頷き同意する。


「ひーちゃんって女の子だよね・・・」


「女のロマンでござる?」


 それだと私も理解出来てしまうことになるのだが、そんなに薄いものでいいのだろうか。


 考えていても仕方がないので、私は午後に備えて昼食を取ることにした。

 後の二人は、取るものも取らずに、作業に没頭している。


 私が用意されていた弁当を食べ終わっても、何かにとりつかれたように机に向かっていた。


 私が「ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよー」と声を掛けたのだが、全く耳に入っていない様子。

 流石に肩でも叩けば気がつくかもしれないが、ここまで真剣に成っているのに邪魔をするのは気が引ける。


 この場所にいても今の二人には私は居ないものなのかもしれないが、迷惑を掛けないとも限らない。

 気休め程度かもしれないが、私は適当に外に出た。



「終わったー」


 ロッキーは手を上にあげて伸びをする。

 あれから四〇分くらい時間が立っていたので、昼休みが終わるまでかなりギリギリの完成だ。


「二人で作業すると捗るでござるね」


 ロッキーの仕草を真似るように背伸びをするひーちゃん。

 そしてなんとなく見た時計に固まった。


「もう時間が内でござらんか! 飯は・・・もう間に合わないでござるし・・・ なんで明氏教えてくれなかったんでござるか」


 私は言ったのだけどなーと思いながら、さっき寄ったコンビニにの袋を漁る。


「はいこれ」


 私はひーちゃんとロッキーに一個づつ十秒で食べれるゼリーを渡す。


「か、かたじけない」


 さっき批判した手前、お礼を言うのが恥ずかしかったのだろう。

 顔を赤くして言う。


「こっちもありがと」


「全然いいよ。それよりさ、飛ばせるの?」


 私が聞くと、一気に元気を取り戻すひーちゃん。


「誰が作ったと思っているでござるか。ほら、中島氏」


「ここじゃ狭いから、向こうでやろう」


 ロッキーは改造した機体を持って、部屋を出た。

 私達もそれに続いた。

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