06話 遅すぎる始まり
「終わったでござる」
まだ涼しい季節だというのにひーちゃんは額を拳で拭う。
彼女をしっかり見てみれば確かに、汗がにじみ出ており、どれだけ集中していたのかが伺い知れる。
そして一息つき時計を確認した彼女は、さっきの火照りが嘘のように血の気の引いた顔になった。
「しまっ・・・」
それもそのはず。
作業していた時は気づいてなかったのだろうが、本来のリミットから十分過ぎてしまっているのだ。
ひーちゃんは気まずそうに私を見てくる。
私は、彼女の不安を取り除けるようできるだけ笑顔で言った。
「私を誰だと思ってるの?中島明だよ」
ひーちゃんは何を言ってるのかわからないという顔をしている。
流石に端折りすぎたと反省する。
「締切の時間、伸ばせてもらえたからまだ間に合うってこと」
言ってすぐはまだ理解していな表情も、数秒経てば変わる。
「マジのホントでござるか⁉」
言葉の意味はわかっていながらも信じられないと言った様子。
「ホントのマジだよ。でも無限にあるわけじゃないから急ごう」
私が歩き出せばひーちゃんもそれに続く。今度は傷一つつけないよう、赤子を抱くように大切に持って。
「はい、これで検査は終了しました」
検査官の声に胸をなでおろす私達。
また「間に合ってよかったですね」とも言ってくれた。
「でもなんで融通を聞かせてくれたんでござるか?」
ひーちゃんは係の人と、私とを交互に見ながら質問する。
「えっと、なんかおえらいさん?みたいな人が来て・・・あれ、あの人は何処に行ったの?」
「あの方でしたら、急用が出来て他の現場にいかれました」
ひーちゃんはその会話を聞いていて何のことやらと思っているのだろう。
さっきからしきりに首をかしげている。
「その、聞いていいでござるか?あの方ってどちら様でござろうか」
私は口を開きかえて止まる。
私が知っているのはせいぜい名前くらいで、ひーちゃんにそれを言ったところで何の意味もないだろう。
だから私は、一緒に係員の人に視線を移す。
「彼女はこのイベントの主催者ですよ」
なるほど、そういうことだったのか。
だからあの待遇。
彼女の言葉も無視することが出来なかったのだろう。
「ふむ、よくわからないでござるが儂はその人に感謝でござるね」
手をあわせて空を拝む。
「ひーちゃん、それじゃあ、死んでるみたいで失礼だよ」
「そ、そうでござるね。では何処に祈ればいいでござるか」
何処までも祈りたいのだろうか?
「祈らなくて良いの。その代わり、今度手伝い頼まれたから、その時直接お礼を言ったら」
「勝手に用事が入れられているのは疑問でござるが・・・まあ、そういうことならそうするでござる」
開会までには時間があるので私達は、一旦元の場所に戻る。
「おー、どうっだった?」
先生はビールを片手に出迎えてくれた。
「先生!なんでビールなんて飲んでるんですか⁉」
彼女は自慢げにニヤリと笑う。
「良いだろぉ、さっきコンビニで買っておいたんだ」
私が聞きたかったのはそこではない。
「違うでしょ!先生がお酒飲んだら誰が車、運転するんですか!」
「まあ安心しろ」
そう言って缶を持ってない方の手をお辞儀させる。
安心しろ?
これが安心してられる状況だろうか。
そもそも、教師という立場でありながら飲酒運転?
信じられない。
最近の行動で見直したつもりだったのに、やっぱりこういう人だったのだろうか。
「明がなに考えてるか知らないけど、これノンアルだからね」
「ノンアルだからって良いわけじゃ・・・良いわけじゃ?」
もしかして良いのか?
うーん
「やっぱり倫理的にダメです。だからそれは、ぼっしゅーします」
「そんな殺生な。これでも貴重な休日を潰して来てるんだぞ・・・」
先生はあからさまにしょぼくれる。
それを見ているとなんだか悪いことをした気分になってしまうが、悪いのはむしろ先生のほうだと自分に言い聞かせた。
大会開始の五分前。
私達は所定の位置に集まっていた。
私達と言っても先生は遠くで見ているので、ひーちゃんとの二人。
周りには他の参加者もいるので私達だけで居るわけではない。
順番が最初の人が、準備を初めている。
見た感じでは、機体の良し悪しはわからない。
至って普通のペットボトルロケットといった感じだ。
「ひーちゃんどう思う?」
私はライバルを食い入るように見るひーちゃんに、解説を求める。
「見た感じでござると、特に特徴のない感じでござるね。オーソドックスな作り方でござる」
言われて意識してみるがよくわからない。
「あれ?なんだか向きがおかしくない?」
発射台にセットしているのだが、ロケットの先端が斜めを向いている。
角度にして四五度くらい。
風の影響を受けないようになのかと一瞬思ったが、それにしても急すぎる。
そもそも風吹いてないし。
「あー、あれでいいんでござるよ」
「え?」
そうしていると、まだ疑問も解決していないのに第一発目が打ち上がった。
そして五メートルくらい飛んで落ちた。
「あんなふうに飛ばして、横に飛んだ距離を競うんでござるよ。上に飛ばしても測れないでござるからね」
ふむ、なるほど。それにしても、
「あんまり飛んでないね・・・」
「・・・ござるな。多分欲張って水を入れすぎたでござるな。空気の量との比率が重要なんでござるよ。儂は何回もテストして最適な量を見つけ出したでござるが、一朝一夕で探せるものでもないでござる」
距離の測定が終われば二番めの人が準備を始める。
「あれは、なかなかでござるな。シンプルながらも洗練されたデザイン。無駄なものを削ぎ落とした、まるで日本刀のような」
ひーちゃんはひと目見て機体を評価する。
私も彼女に習って観察してみるが、
「全然違いがわかりませんっ」
さっきの機体全く見分けがつかなかった。
だっておんなじペットボトルだよ。
そんなに違わないじゃん。
これも、また似たような記録になるんじゃないだろうかと思ってしまう。
「何を言っているでござるか⁉全然違うでござろう。良いか?良く見ておくでござる」
ひーちゃんが指差すのは、あらかたの準備が終わって空気を入れている二番手の人たち。
私は彼女に従って、黙って眺める。
やがて準備が整ったのかボタンを押し、発射する。
勢いよく飛び出したロケットは、失速することを知らず飛んでいく。
そして五十メートルくらいの地点で落ちたのだった。
「え⁉なんで⁉」
予想打にしてなかった飛距離に、つい声を上げてしまう。
ひーちゃんを見れば、だから言ったでござろうと、言いたげな顔で向こうもこっちを見てきた。
「こんな玩具みたいな構造でも、打ち出す時の速度はそれなりでござるからな。ぱっと見わからないような小さな違いでも、大きな差が生まれるんでござるよ」
つまるところ、それほど繊細な技術が要求されるのだろう。
では、ひーちゃんの機体はどうなのだろうか。
彼女の自信有りげな態度を見ている限りでは、期待できそうだ。
順番は巡って、今度は私達の番になった。
「いよいよだね」
誰に言ったつもりでもないが、ひーちゃんは黙って頷く。
緊張しているのだろうか、彼女の生唾を飲む音が隣りにいる私にまで聞こえてきた。
「大丈夫だよ、きっと大丈夫」
根拠があったわけではないが、不思議とそう思えた。
「そうでござるな」
ひーちゃんは、今までの人たちがしてきたみたいに、発射台にペットボトルロケットをセットする。
私ができるこは見守ることくらい。空気も入れ終わり、いよいよ準備も整った。
「明氏、これ押してくだされ」
ひーちゃんはあの日のように発射用のボタンを渡してきた。
でもこれはひーちゃんが押したほうが良いのではないかと戸惑っていると、
「お主に押してほしんでござる」
真剣な表情をしたかと思えば、その後屈託なく笑う。私は覚悟を決めてそれを受け取った。
「行くよ・・・」
結果から言うと大会優勝。
私達の後にも、それなりの飛距離を出すチームはいた。
しかし私達、というよりひーちゃんの叩き出した一三三メートルを超す者はでてこず。
二位と五〇メートル以上も差をつけて圧倒的な勝利を収めた。
「さすがひーちゃん」
こういうことが慣れていないのか、おどおどのひーちゃん。
あのときは、優勝は無理だなんて言っていたが、私が何もしなかったとしても問題なかったのかも知れない。
表彰式が始まり、私達が呼ばれる。
拍手が鳴り響く中、壇上に上がった。
トロフィーが渡さようとしているのだが、ひーちゃんは一歩後ろから私に助けを求めるような目でん見てくる。
しかし、それはひーちゃんが受け取るべきだと彼女の背中を押して、無理やり前に出させる。
「いや、儂は・・・」
「ごだごだ言ってないでっ」
初めは抵抗していたひーちゃんも、私がしつこいと流石に諦めをつけたらしい。
それに私は勝った証よりも欲しい物があるのだ。
トロフィーと一緒にっ差し出されたマイクを、ひーちゃんの両手がふさがっているという名目のもと、私が受け取る。
目一杯息を吸い込んで、
「みなさーん‼」
私の声が大きすぎたのかスピーカーがハウリングを起こした。
でもむしろ好都合。多少ざわめいていた場も今ので静まり返り、一心に注目を集める。
「私の名前は、中島明って言います。こっちは、ひーちゃんです」
ひーちゃんの方に手を向け紹介する。
「雲雀輝でござるよ!」
マイクが必要ないくらいの声で突っ込んでくるひーちゃん。
すぐに名前が思い出せなかっただけだが、それが気に入らなかったみたいだ。
私とひーちゃんのやり取りを見てクスクスと笑い声聞こえてくる。
それを聞いたひーちゃんは、恥ずかしそうに顔を赤らめトロフィーに隠れた。
「今日出した記録が大体一〇〇メートルくらい。でも、私達はその千倍の一〇〇キロメートルを目指します。そう、宇宙を目指して‼」
私達を見る人の中には、唖然としている人や嗤うものもいる。
しかし少数だが、居るのだ。
キラキラと、それこそ星々のように輝いた瞳で聞いてくれる人たちが。
私は、その一人一人に目を合わせる。相手もこちらの視線に気づいてエールをくれた。
今はまだこれでも良い。
出来ないと思うのは当然だ。
正直言って私も信じきれていないというのが現実。
だからどうした?
弱音を吐けば自分でも、やれるかどうかなんてわからない。
でも誰でもそうだろう?
斯のライト兄弟だって、彼ら自身、本当に飛べるなんて思っていなかったと思う。
そりゃ、飛びたいという気持ちは大きかったのだろう、だからこそその夢は実現した。
しかし、もう無理だと諦め掛けたことが一度たりとなかったと誰が言えよう。
つまりそういうことだ。
できるかどうかなんて、誰にも、当然本人にもわからない。
大切なのはいつだってワクワクする心。
好奇心は猫をも殺すと言うが、人間を突き動かす莫大なエネルギーとも成りうるのだ。
「これから、私達を是非応援してください」
私はありったけの声を張り上げ、頭を下げる。
パラパラと間の抜けたような拍手も次第に周りを巻き込み大きく成って行く。
私達二人はその喝采に包まれながら舞台を降りた。




