01話 退屈な日常
子供の頃、世界はもっと広いと思っていた。
家の外は知らないことでいっぱいで、大人になれば自分がその未知を解き明かすのだと。
でもいつからだろう、そんな情熱が冷めてしまったのは。
私たちは成長する過程で、知ってしまった。
私達の住んでいる地球は隅々まで調べつくされ、見えないはずの内部構造まで丸裸。
おまけに、地球を網のように這う光ファイバーで、例え何処に居ようが、誰とでも顔を見て話すことすらもできてしまう。
私は、そんな日常に飽きていた。
4月から始まる高校生活もどうせ、いつの間にか過ぎて行ってしまうのだろう。
お母さんからお使いを頼まれた帰り道。
河川敷の防波堤。
私は、気まぐれに空を見上げた。
こんな冴えない気分には勿体ない青空に、白い羊雲。
そして高速で落ちてくる物体。
「ひょえっ⁉」
何か落ちてくる、避けないと。
そう思うも一歩遅く、謎の物体は顔面に直撃する。
幸い、あまり重たいものでなく、柔らかかったようで大怪は免れた。
それでも痛いことに変わりは無いのだが。
「すまんでござるー」
下の方から声がする。
痛いのを堪え起き上がり、声のする方を向けば、ラフな服装に麦わら帽子を被った少年が駆けてくる。
身長は私よりも低く、おそらく百五十センチほど。
声も変声期前のように高い。そこから考えるにまだ中学生位だろうか?
待っているつもりはなかったのだが、うずくまっている間に彼は直ぐ側まで来た。
「儂も、周りの人に十分気をつけてござったが、いかせん風に流されてしもうて・・・。改めてわびたい」
儂とかござるとか、特徴的な話し方をしてくる少年。
「全然良いよ!むしろ注意してなかったこっちにも非があるし」
「しかし、そう言われても、血が」
彼は気が収まらない様子だったが、血なんて普段転んでよく出てるので、あまり気にもならない。
そのんなことよりも、私の意識は飛んできた物体の方へと向かっていた。
二リットルのペットボトルが二本繋げられていて、片方の先端には尖ったスポンジが取り付けられている。
これのお陰で当たったときもそれほど痛くなかったのだろう。
さらに、反対側には尾翼が四枚、付いていた。
「これは?」
彼は、私が向いている方向を見て、自分が飛ばした物体について聞かれていたのだと気づく。
「ああ、これは、ペットボトルロケットって言うんでござるよ」
ロケットと言うには随分と小ぶりに見える。
「これで宇宙まで行けるの?」
少年は少しだけ面食らった表情をしたが、すぐに笑って答える。
「これじゃあ行けないでござるね。そうだ、飛ばすとこ見せてあげるでござるよ」
彼はそう言うなり、ペットボトルロケットを持ち上げると川の方へ走り出した。
「ここに水を入れて・・・」
ペットボトルの元は飲み口だった箇所から川の水を注ぎ入れる。
大体三分の一位入ったところで、入れるのをやめ、水道の蛇口の様な形をしたキャップで口を締めていた。
それが終わると今度は移動して、おそらく発射台らしき装置に繋げる。
「よし。それじゃあ、これを持つでござる」
渡されたのは自転車の空気入れ。
これを押すと発射されるのだろうか?
「空気入れ頼んだでござるよ。よーい、ドンッ‼」
「へっ? え〜〜‼」
私はうまく状況を飲み込めないまま、全力で空気を入れる。
それは約一分間。
彼が私を「やめっ」と止めるまで続いた。
「ぜぇ・・・それで、これからはぁ・・・、どうなふぅ・・・の」
息も絶え絶えに成りながら次の説明を求める。
「なんかすまないでござる。まさかここまで本気でやるとは思っていなかったもので。・・・次は、このスイッチを押すと発射されるでござるよ」
渡されたのは、如何にもな形のスイッチ。
そこから伸びるケーブルは発射台につながっている。
「ちゃんと周囲の安全確認をしないとねっ」
「やっぱり、根に持ってるでござるね⁉」
彼の言葉は無視して、周りに人が居ないか確認後ボタンを押した。
途端に高く舞い上がるロケットは空に小さく。
何処までも飛んでいきそうな勢いも最初のうちだけで、すぐに失速してはじめ見たときのように落ちてきた。
あれ?なんだか・・・
「わ〜こっちこないで〜〜(泣)」
私は落下点から逃げようとするも、運悪く風が私の進行方向に向かって強く吹く。
一度は避けられそうだったロケットも、また私の頭上に来た。
もう一度避けるような時間もなくそのまま、
「なんでこうなるの〜」
少年は、私の方をジト目で見てくる。
「今回は儂、悪くないでござるよ。強いて言うなら、それがしの不注意で、」
「そんなことわかってるよ!」
正論ほど痛いものは無い。
今の私は泣きたい気持ちでいっぱいだった。




