4話 結:今日不消の少女はずっと『ここ』にいる
ホントは心のどこかで自覚していた。この世界は――この公園は幻覚で、彼女という存在も人間ではない。
知っていた。ああ、知っていたとも。どこかで、この公園は存在自体偽りなのかもしれないと何度も思った。だけど偽りの世界とは考えたくなかった。この環境が、あまりにも心地よかったから……。そして自分に嘘をつき続けて、ここまで拗らせてしまった。その結果がこれだ。
「ねぇ答えてよ、かっちゃん……!」
彼女は泣いていた。僕も泣いていた。涙が溢れても前は見える。幻覚だからこそ、そんな摩訶不思議なことが起こる。
公園の背景はひび割れて、黒いものが見え隠れしている。いずれは彼女も――少女も少しずつひび割れていくかもしれない。そう考えるだけで怖い。だからもう、彼女との関係はここまでになる――
――そんなのは嫌だ!
彼女に恋をした僕は諦めが悪い。
彼女のおかげで、恐怖症から脱却しつつある。彼女のおかげで毎日が楽しくなっている。彼女のおかげで生きる喜びを再び知ることができた。
彼女が僕だって? どうだっていい。
だって僕は!
「君のことが好きだ!」
彼女が好きだってことに、嘘偽りはない。
あーちゃんは放心していた。そりゃそうだ。彼女は、彼女のことを僕だと告白したんだから。嫌われる覚悟もしただろう。だけどあーちゃん、君が僕だったとしてもいい。僕は君が好きなんだから。その気持ちは変わらない。
「本当に私のことが好きなの? 私は君だよ?」
「関係ない。僕は君のことが好きで、恋をしてるんだ」
傍から見たらおかしな奴だと笑われるかもしれない。それでも僕は彼女が好きだ。嘘偽りはない。
「あーちゃんのおかげで、対人恐怖症が薄れてきた。これはまぎれもなく、あーちゃんと会話できた結果で得られた嬉しいサプライズだ。そして遊んで、笑って、喜び合った。一年間、ずっとこの場所で君と会うことが楽しくて、好きで……君を好きになった。僕が君を好きだという想いは変わらないんだ」
たとえ彼女が僕と同じ存在だと言われても、既に彼女に恋している。この想いは、何を聞かされても変わらない。
この世界の崩壊は近い。既に遠くにある物体は崩れ去っていき、公園もひび割れすぎて、この世界は半壊しかけている。彼女を僕だと認識し始めて時間が経っているからだろう。
だけど、そんなこと関係ない。この崩れかけている世界で、僕は告白する。僕は君が――
「あーちゃんが大好きだ。付き合ってください!」
再びハートの形をしたチョコレートを彼女の前に差し出す。今度は彼女の表情を見ている。じっと見て、対人恐怖症の僕が恐怖も恐れず彼女のことをしっかりと見て、想いを伝えた。
彼女は、笑う。その笑いは笑顔だった。
「うん! いいよ! 付き合おう、かっちゃん!」
そのまま彼女はチョコを受け取った。僕は心の底から喜んだ。
この壊れた世界に雪が降り始める。ホワイトクリスマスならぬ、ホワイトバレンタイン。その景色は神秘的で、ひび割れた空間の中だからこそ、一際目立っている。
「かっちゃん、こっち来て」
あーちゃんに言われるがまま、恋人同士の距離を保ち、ベンチに腰掛けた。
「私のこと好きなんだよね?」
「うん、大好きだ」
「ふふっ、嬉しいなー!」
そういいながら、彼女は僕のチョコレートを胸に寄せ、足をパタパタと動かす。かわいい。かわいいけど、彼女を見るのも今日で最後なのかもしれない。いや、かもしれないじゃない。本当は知っている――今日でこの世界は壊れる。
「やっぱり、今日この世界は壊れちゃうんだね」
「世界が壊れても、君は私が好きなんでしょ? それなら、私は報われる。ありがとね、かっちゃん」
「報われるとかいうな。僕は始めて君と出会ったあのとき、報われたけど、その恩返しをしたかったわけじゃない。全部僕のエゴだよ」
「それでも嬉しいよ。私の見方が変わっても私のことが好きでいてくれて、告白してくれたんだからね!」
彼女の笑顔の表情。僕はこの表情をずっと見続けたくて、彼女に告白したのかもしれない。けれど、
「僕はこれからも君と一緒にいたかった。それが叶わないのは悲しいけどね」
「かっちゃんのその気持ちはとても嬉しいんだけどね。この公園が――世界が壊れちゃえば、私もいなくなる」
そうだ、その事実は変わらない。自覚をしてしまえば、彼女の存在は幻想であるかのように、全て霧散するかのように、ひび割れる何かに飲み込まれるかのように、全て消えてしまう。
「だからね、かっちゃん」
抱きつかれた。ぎゅっと、離されないように。
「最期はこのままでいいかな?」
「ああ。あーちゃんの好きなままにしていいよ」
僕は君を忘れない。そしてずっと好きでいる。絶対に。絶対に。この想いは変わらない。
こうして一年近くに渡って存在していた彼女と僕の世界は、崩壊した。
*****
あれから三年は経っただろうか。
高校二年生という時期に差し掛かり、さらには二月十四日。そろそろ受験生だということもあり、僕も勉強に本腰を入れる時期になった。
それでも、バレンタインの日は手作りのチョコを作る。それは彼女の存在を忘れないためでもあるし、こうすると彼女といた楽しい日々を思い返せるからだ。
手作りチョコが完成すると景色が変わる。
一年に一度。どうやらバレンタインの日のみ、僕は彼女と会えるらしい。織姫と彦星のようだけど、そんなのはどうだっていい。
以前の世界のような公園の中で話せず、ベンチのみの構成となっている。多分、幻想の世界だと認識してしまったから、この程度の舞台しかできあがらないのだろう。それでもいい。彼女と話せる場所があるだけで僕は十分幸せだ。
僕は今日も彼女と楽しく話す。この一年のこと。そして、彼女を好きでいつづけること。さらには未来のことを話しだす。
楽しい日々はあっという間で、その日はすぐに終わる。そして二月十五日となる。寂しいけど、また来年も会える。そう考えると寂しさよりも嬉しさが勝る。
彼女の場所は心にある。少女は今日も消え不、少女として、二月十四日以外だって心に存在する。症年は少年となって今後の道を歩んでいく。
彼女との恋愛は終わらない。