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3話 転:ひび割れて、瓦解する

 彼女と出会って半年以上が経った。

 最近、いろいろと進歩したことがある。例えば、わずかながらだけど、同級生と話すことができた。簡単な話し合いだけど、僕にとっては大きな進歩だ。


 また同時に、彼女――あーちゃんの見方も変化していた。

 初めはそれこそ、特別な存在であり、最高の友達だと思っていた。だけど次第にその感情は友情よりも恋愛感情を抱き始めてきたのだ。

 僕は彼女のおかげで前に進むことができた。彼女のおかげで、いじめられた後、立ち直ることができた。そのような経緯があったからだろう。いつしか彼女に対する好意が、ライクよりもラブのような形に様変わりした。

 あの公園の中でしか彼女とは会えない。だからこそ、彼女の存在は特別な存在であり続け、恋を抱くのも仕方ない。僕は自分にそう言い聞かせた。


 また今日も、例の公園に来て、あーちゃんと話す。


「今日も一段と冷えるね、かっちゃん」


「そうだね。でも二月上旬だし、これからあったかくなると思う。そう考えると、春が待ち遠しいよね」


「私は嫌かな。そろそろ世界は壊れるかもしれないし……」


 正直、彼女のこの言葉は嘘なんじゃないかと疑っている。世界が壊れてしまうようなニュースは一つも起きてない。隕石も降ってこないし、地球外から危険な生命体が襲ってきそうな気配もない。だから世界が壊れるだなんて、彼女の気のせいだと信じたい。


「……『メキシコの苦い水をもらうとき世界が壊れる』だっけ?」


「そうそう。そこが分岐点だと思うんだよね」


 彼女が僕以外の誰かに会うなんて想像できない。ましてやメキシコにある苦い水を渡す人がいるなんて……。あまりに意味不明すぎて考えることも放棄してしまう。

 そう言えば、メキシコの苦い水なんてのはどこかで聞いたことがある気がする。何か調べたときに見たけど、思い出せない。


 いつも通り遊んでいたら、やっぱり時間はあっという間に経ち、あーちゃんと再び会う約束をして別れた。

 公園を出ると、不思議と公園と彼女はいなくなる。どこか別の場所に行ってしまったんじゃないかと憶測してしまう。これが半年どころか、あと二か月も経たずに一年経つと思うと、考え深いものがある。


 今日は二月十日。

 さて。彼女にバレンタインとしてチョコを渡したいと思っているのは誰だろうか……そう、僕しかいません。

 彼女と年が同じで、ここまで楽しく喋ってしまえば、もう彼女のことが大好きになってしまっている。この気持ちをバレンタインデーにぶつけたいと僕は考えた。ホワイトデーのときに渡そうかとも考えたけど、そもそも彼女がバレンタインデーにチョコを渡す保証はない。だからバレンタインデーにチョコレートを渡そうと考えた。


 そんなこんなで、彼女と別れた帰り道。手作りチョコのための材料を買って、家に帰った。

 そして試行錯誤して二月十三日。ついに自作のチョコレートは完成した。


 二月十四日。学校の帰り道。僕はいつも通り、前を向きながら歩く。

 景色がいっぺんに変わる。そこはもちろん公園で、ブランコも鉄棒も砂場もジャングルジムもある。以前変わりない公園。

 ベンチに座っていた彼女は、僕に向かって走り出す。


「待ってたよ、かっちゃん!」


「うん、僕も君を待ってた。君に渡したいものがあるんだ」


 僕はそう言いながら、学校用のリュックから自作のハートチョコを取り出し、手に持った。


「あーちゃん。僕と付き合ってください!」


 頭を下げてそう言った。だから彼女の表情は読み取ることができない。


 静寂が場を支配する。緊張の度合が増していく。


「かっちゃん、もう気づいているんでしょ?」


 その一言に、僕は疑問を持つ。

 どうして僕の告白に断ることも、了承することもしないのだろうか。……先延ばしにしてほしいのか。

 そう思い顔を上げると、彼女は悲壮な表情をしていた。

 僕は分からなかった。確かに、告白は悲しい表情をされる場合もあるというけど、少なくとも僕と彼女の関係はそういうものではない確信がある。彼女と僕は友達だったはずで、だから断るならきっぱりと断るはずだ。それが彼女らしいはずで、僕らしくはないこと。

 彼女は何か、言葉にしたかったようだったが、躊躇っていた。しかし、僕が何も喋られないでいると、彼女は観念するように口を開いて、いう。


「私は、君なんだよ?」


「…………」


 何か、意味不明な言葉が聞こえた。彼女が何を言ったのか理解を拒もうとする。否定しようとする。だけど否定なんて、とうの昔にできなかった。


 そうか。彼女は僕だったんだ。対人恐怖症になってしまったとき、僕は感情を負の感情のみにされて、残りの正の感情は(ここ)にある――公園(ここ)にある。

 彼女が僕を照らしてくれた。勇気を与えてくれた。生きる楽しさを再び与えてくれた。正の感情の良さを、全て教え切ってしまった。――だから彼女はいらなくなった。

 その気づきを反芻した――してしまった。


「君はそれでも、私のことを好きでいてくれるかな?」


『メキシコの苦い水』――チョコレートを渡すとき、この景色が、この公園が、ひび割れていた。

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