2話 承:今日不消の少女は僕にとっては彼女だけ
学校という日常は最悪の一言に尽きる。
授業中はマシだ。先生の話を聞いて、授業内容を理解するだけでいい。授業に会話なんて必要ないし、あるとしても質問とそれに答えるだけ。それでも、ふと目線を並行上にすると同級生を見てしまい、恐怖してこの場から去りたいと思ってしまう。僕はそれほど対人恐怖症の症状が酷い。
授業以外は僕にとって、さらに苦痛だ。対人恐怖症なのだから、誰かと話すことは難しい。まして、対人恐怖症の原因となった相手は同級生。原因が小学生時代に発生したいじめだから、同級生と話すなんて到底不可能だ。大人と話すのはギリギリ可能だけど、その程度。
そんなわけで僕は普段、真の陰キャであり、誰とも話さずに中学校生活を過ごす地獄の生活を送っている。
学校という恐怖の日常を終え、下校の時間となった。大抵の中学生は部活に精を出すけど、僕は家に直行だ。その理由はやはり対人恐怖症が原因だ。あまりにもこの恐怖症は厄介極まりない。同級生と目を合わすことさえ困難なのだから、放課後の全ての中学生が動き回るこの時間は地獄だ。外へ出るしかない。
今まではそう思っていたが、これからは少し違う。少女のおかげで、その気持ちが少し緩和された。あのときは、過呼吸もなかったし、冷や汗で全身がびしょぬれになる……なんて厄介ごともなかった。これは僕にとって幸せ以外の何物でもない。だから、今日からはちょっとした希望を持って、地面を見つめながら歩く。
いつも通りに、家まで最短距離で帰ると――
――アスファルトの足場から、公園の足場へと一変した。
視線を上げると、昨日と記憶上は同じ公園があった。
「かっちゃん! 一日ぶりだね!」
そして昨日と同様、目の前に少女――熱女ことあーちゃんが、そこにはいた。
この公園に当たり前のようにいる少女。ここに疑問を感じずにはいられない。だけど、それ以上に疑問なのは、世界が滅ぶと彼女がいったことだ。まあ、どうでもいい。今は彼女と話して遊ぶ。それだけで幸せだから、一年後に世界が壊れるだとか、関係ない。
「うん、一日ぶりだね」
「今日は何して遊ぼうか?」
「そうだね、シーソーにでも乗るか」
「分かった!」
僕とあーちゃんは移動してシーソーに乗る。もちろん、互いが見つめあう状態。体重差を考慮して僕がシーソーの視点から近い位置に座る。アップダウンが発生し、彼女は笑う。
「楽しいね」
「うん」
何気ない会話。だけど、僕がそれを可能としていることにやはり驚きを隠せない。だからこそ、疑問に思ったことをそのまま口に吐けるんだけど。
「ねえ、あーちゃん。昨日言ったよね、『世界が壊れる』って」
「そうだね。それがどうかしたの?」
小首をかしげる仕草をとる。どうやら、からかって言ったわけではなかったようだ。世界が終わるなんて、ただの戯言だと思えた。だけど彼女の反応からして、世界が壊れるのは本当のようだ。少なくとも、彼女にとっては。
「いや、……あーちゃんと会えなくなると寂しいなって」
それは本心からの言葉だった。
そのとき、
「――?」
ずれた。公園のどこか一部の背景がずれた。それは些細なもので、錯覚かもしれない。
だけど、錯覚というにはあまりにもおかしい。だって公園だけでなく、彼女もずれて、ひび割れたように見えたのだから。
その感覚は一瞬だった。だからこそ、今は何も変わりない。記憶上、何もかも変わりがない公園と少女だ。
「大丈夫だよ、しばらくは遊べるんだよっ。だから全力で青春を謳歌しようよ、かっちゃん!」
「そう、だね」
恐怖を感じていた。彼女ではなく、この世界全体に。
本当に、世界は終わってしまうのではないか。その感覚がダイレクトに伝わったのだから、そう思うのも無理はない。
ただ、そんな考えなんて遊んでしまえば、吹っ飛んでしまう。そのくらい彼女と遊ぶことは楽しい。
そしてまた夕日が沈むときがやってきてしまった。彼女とお別れのときだ。
「またね、かっちゃん!」
「うん。また会おう」
彼女とまた会う約束をした。公園を出ると――昨日と同様に公園は消え彼女もいなくなっていた。何を見ていたのか分からなくなってしまう。だけど、彼女のぬくもりは間違いなく心にある。それだけは変わらない。