12.情熱と突撃の血筋
「どうして分かって下さらないの! お父さまの分からず屋!!」
「待ちなさい、アマーリア!」
そう言うなり、身を翻して駆け去るアマーリアをクレヴィング公爵は呼び止めた。
しかし、アマーリアは止まらずに外のテラスへと続くドアに飛びついた。
が、ドアには鍵がかけられている。
婚約破棄騒動の日以来、公爵邸のすべての窓とドアは厳重に戸締りされ、アマーリアが勝手に外に出られないようになっていた。
が。
「えいっ!!」
可愛らしい掛け声とともに、ガッツンと鈍い音がして掛け金が破壊される。
アマーリアが隠し持っていた木槌状の鈍器を力いっぱいドアノブに振り下ろしたのだ。
あのヒラヒラとしたドレスのどこにあんなものを隠し持っていたのか理解に苦しむ。
公爵がそんなことを思っているうちにアマーリアはドアを開け、外へと飛び出していく。
「待つのだ、アマーリア!」
「ごめんなさい、お父さま! でも私、どうしてもクルーガーさまにお会いしてお話がしたいの! 行かせてちょうだい」
そう言うなり、テラスの手すりを飛び越えようと助走をして手をかける。
その途端。
「きゃあっ!!」
敷物に見せかけて床に仕込んであった罠が発動し、アマーリアの全身をすっぽり目の細かい網が包み込んだ。
しかし、それにも動じずアマーリアは次に短剣を取り出すと冷静に網を切り始める。だが、
「お嬢さま、お待ち下さい!」
「どうかお部屋にお戻り下さい!!」
公爵が待機させておいた侍女たちが、いっせいに飛びつくと彼女たちを傷つけてしまうことを恐れてあっさりと短剣を手放した。
激情して飛び出していこうとする最中にも、炎のような行動力と、冷静な状況判断力を兼ね備えているところは、我が娘ながら天晴である。
アマーリアがこのようにして脱出を試みるのは、自宅軟禁状態に置かれて以来、もう数えきれないほどだった。
その度ごとに鍵が壊され、窓が破られ、床板が剥がされ、壁に穴が開き、公爵邸は戦中でもないのに敵の包囲攻撃にあったかのように満身創痍の状態である。
「いったい、なぜこのような事になってしまったのだ! 優雅で淑やかなわしの可愛いプリンセスが……」
「あなた。しっかりなさって。アマーリアは屋敷の外でこそ、優雅で淑やかな公爵令嬢で通っていましたが、それ以外の場所では、もともと結構、なんというか、強烈でしたわよ。ほら、一昨年、中庭の噴水を木っ端微塵にしたのだって……」
公爵夫人メリンダが公爵に駆け寄って言った。
「何!? あれはアマーリアの仕業だったのか!!」
「あら。ご存じありませんでした? あなたには内緒にしたんだったかしらね」
「何、何をどうやったらあんな……大理石の噴水が、あそこまで見る影もなく……」
「叱らないでやって下さいな。あなたのお誕生日に、サプライズで花火を上げようとしたらしいんですの。それで独学で学んで用意をしたようなのですけれど、火薬の調合をちょっと間違えてしまったみたいで……」
「間違えたですむ話なのか、それは!!」
「まあまあ。幸い怪我人も出なかったことですし」
「ああ……なんということだ。我が一族に流れる呪われし血があれにも受け継がれておったということか」
「呪われし……どういうことでしょう?」
少し離れた場所で公爵夫妻のやりとりを見ていた、ヴィクトールの妻のソアラが恐る恐る尋ねた。
「あら。ソアラさんには話したことがなかったかしら。クレヴィング家の女性に伝わるといわれている『情熱と突撃の血』のことよ」
「情熱と突撃……」
「ああ、そうだ。ソアラにもそろそろ話しておいても良い頃だな。そなた達にもミュリエルという娘がいることだ。他人事ではないからな」
重々しく頷く公爵を見て、
(えー……そろそろ話しておいた方がいいっていうか、遅くないですか?)
とソアラは内心でツッコんでいた。
ミュリエルは、ヴィクトールとの間に生まれた長女で今年で三歳になる。
(普通はそういうの結婚する前にお話下さるものだと思うんですけど……)
そう思いつつも、賢明なソアラは穏やかな表情のままで、公爵の言葉の続きを待った。
ヴィクトールが帰ってきたら絶対に問いただしてやる。
それによると、クレヴィング公爵家の女性には代々、いったん「こう!」と思い込むと炎のように燃え上がる「情熱」と、目的に向かってどんな障害にも怯まずに突き進む「突撃」の性格が受け継がれているというのだ。
「それだけ聞くと、別に悪いことではないようにも聞こえますが……」
「目的のためなら手段を選ばぬというところが問題なのだ!」
そう言うクレヴィング公爵の視線をたどったソアラは、屋根に空いた大穴を見て、
「確かに」
とつぶやいた。
それは、数日前。家を抜け出そうとしたアマーリアが公爵の蔵書のなかにあった本を頼りに、投石機のようなものを作り上げ、階段のところにあった戦の女神アルテナの彫像を飛ばしたために出来た穴であった。
アマーリア自身は、
「私はただ、そこの窓を壊して外へ出ようとしただけなのに、思ったよりも飛距離が出てしまって……あんなことになるとは思わなかったの」
とメソメソしていたが、そういう問題ではない気がする、とソアラは思っていた。
「わしの妹のパメラを知っておるだろう」
「ええ、もちろん。ロイトリンゲンに嫁いでいらっしゃる」
「あれはもともとは、第一王妃として現在のシュトラウス陛下に嫁ぐはずであった」
「は?」
「今のアマーリアと同じように幼い頃から、未来の王妃になる者として育てられておった。それがある日、突然、出奔してしまった。こともあろうに、庭師の男と駆け落ちしてしまってな」
「え……っ、でも、今の御主人は」
「我が父が八方手を尽くして探させて、山奥の村で二人で畑を耕して暮らしているのを見つけた。絶対に戻らないと言い張るのを、男と一緒になることを許すという条件で連れ戻し、公爵領のなかの領地を一つ与えて、そこで暮らさせることにしたのだ」
言われてみればパメラの夫は、ほとんど一族の集まりにも顔を出さない。
パメラ自身は、ヴィクトールとソアラとの結婚式にも出席してくれたが、そう言えば彼女の肩書は「ロイトゲン領主夫人」となっていた気がする。
その時は自分の結婚式ということもあって、あまり気にしていなかったが言われてみれば公爵家の令嬢が、「伯爵」や「男爵」ですらない、地方の小さな領地の領主に嫁ぐなど本来ならばありえないことだ。
公爵の話は続く。
「それだけではない。我が父の姉……つまりわしの叔母の一人は、家庭教師の一人に恋をしてその男と結ばれた。そして、わしの従姉のアマンダは聖職者の男と恋仲になり、神殿を巻き込んだ大騒ぎを引き起こした。また、父方の再従妹は、結婚式の直前に神殿を飛び出して行方不明に……風の噂では、旅芸人の一座として諸国をまわっておるとかおらぬとか……」
公爵の話はそれからも延々と続いた。
話を聞き終わったあと、自室に戻ったソアラは愛娘のミュリエルを呼んで膝の上に抱きしめた。
「どうしたの、母さま?」
「なんでもないわ。ただ、あなたはどうか……平穏で幸せな人生を歩んでちょうだい」
首を傾げるミュリエルの、夫譲りの淡い金髪を撫でながら、ソアラは
(お義父さまの話を伺ったあとだと、アマーリアの言っていることはまだ随分とマシなような気がするのだけれど……)
相手お騎士は、確かに騎士団に所属はしているがもともとはクルーガー伯爵家の長男だとも聞いている。
(さっさと二人の仲を認めて祝福してあげた方が結局は被害が少ないんじゃないかしら)
またも、アマーリアの部屋の方角から聞こえてきた、ドカーーン!!という破裂音を聞きながら、ソアラはつくづくそう思った。




