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婚約破棄された公爵令嬢は初恋を叶えたい!  作者: 橘 ゆず
第一章 初恋は婚約破棄から
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10.王太子アドリアンの恋

王太子アドリアンは満足していた。


ついに皆の前で、あの高慢なアマーリア・クレヴィングに引導を渡してやったのだ。

婚約破棄を言い渡してやった瞬間の、アマーリアが一瞬見せた愕然とした表情を思い出すと、今でも胸がすく思いがする。


まあ、そのあとのアマーリアのとんでもない行動でその場の雰囲気は思ってもない方向に転がってしまったのだが……。


だが、バランド子爵が言っていたように、愛するアドリアンから別れを告げられ、王太子妃になるという夢を永遠に絶たれたアマーリアが絶望のあまり、あのような自暴自棄ともいえる行動に出たと思えば説明もつく。


(すまないな。リア。本来なら国王となる私の隣りに王妃として並ぶのは君のはずだた。だが、私は出逢ってしまったんだ。本当の愛に)


アドリアンは、かたわらに寄り添い、うっとりと彼を見上げているマリエッタを優しく見つめた。


アドリアンが彼女と出逢ったのは今からちょうど一年ほど前のパーティーの席だった。その時の胸の高鳴りを今でも昨日のことのように覚えている。


その日も、アドリアンはいつものように婚約者のアマーリアを同伴して出席していた。

結い上げた淡い金色の髪に真珠を飾り、パーティードレスに身を包んだアマーリアは人目を惹く美しさで、会場中の視線を集めていた。


そんな彼女を連れて歩くのは誇らしい一方で、誰もが口を揃えて

「アマーリア嬢のお美しさは今宵も格別ですね」

「お美しいだけでなく、気品に溢れ、見惚れるほど優雅でいらっしゃいます。殿下は本当にお幸せでいらっしゃる」

と言うのには正直閉口した。


アマーリアは美しく聡明で、未来の王太子妃として申し分ないのは確かだが、あまりそう言われると自分がアマーリアの付属品になったような気がした。


たまには、

「殿下のような素晴らしい方が婚約者だなんて、アマーリア嬢は光栄ですね」

「実に羨ましい」

と言う者がいても良いと思うのだが、そんな相手は、常にアドリアンにおべっかばかり使っている取り巻きの青年や令嬢たちくらいしかいなかった。


パートナーと出席している者が誰もがそうするように、アドリアンは最初のワルツをアマーリアと踊った。


ドレスの裾をたなびかせ、くるくると踊るアマーリアの姿は優雅なだけでなく、年頃の少女らしい快活な魅力に溢れていて、見ている者すべての微笑みを誘った。


パーティーの中盤にさしかかった頃、あちらで、令嬢ばかりが輪になって踊る『花の妖精(リープリヒ)』というダンスが始まるというのでアンジェリカ・エイベルとミレディ・バランドがアマーリアを誘いに来た。


「いっておいで。楽しんでくるといい」

アドリアンがいうと、アマーリアは年相応の無邪気さをみせて、アンジェリカたちと笑いさざめきながら少女たちの輪のなかへ入っていった。


テンポの速い軽やかな曲が始まり、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちが手をとりあって楽しそうに回り始める。


会場じゅうがその華やかな様子に気をとられている時、彼女が現れた。


「きゃっ」

 という叫び声とともに、アドリアンは背中にとすんとぶつかってきた柔らかな感触に振り返った。

「ご、ごめんなさい」


 見れば、淡いピンク色のドレスを着た、アドリアンの肩ほどしかない小柄な令嬢がおどおどとこちらを見上げていた。

 それがマリエッタだった。


 その日、初めてこういったパーティーに出席したという彼女は慣れないハイヒールで躓いてよろめき、アドリアンにぶつかってしまったらしい。


 その拍子に彼女が手にしていたグラスの中身が零れ、アドリアンのジャケットの裾を少し汚してしまった。


「まあ、私ったらどうしましょう。すぐにお拭きしますから」

 そう言ってマリエッタは何と、自分のドレスのスカートで彼の上着を拭こうとした。アドリアンが笑って止めると、彼女はおろおろと、大きな黒い瞳に涙を浮かべて何度も謝った。


あまりに動転しきった様子なので、広間の外にいくつか設けてある休憩用の個室へと彼女を促した。

歩こうとして気がついたのだが、マリエッタの靴のヒールはよろめいた拍子に折れてしまっていた。アドリアンは彼女に腕を貸し、支えるようにして歩いた。


王太子が婚約者でもない令嬢と腕を組んで、二人きりで個室の方へ歩いていくのを何人かの貴族が驚きの目で見ていたが、マリエッタの可愛らしい顔と、肘のあたりに押しつけられている顔に似合わないゆたかな感触に気をとられていたアドリアンはまったくそれに気がつかなかった。


アドリアンが王太子だと知ったマリエッタは、気の毒になるほど驚き、

「も、申し訳ございません。なんとお詫びをして良いか」

と謝罪を繰り返した。


アドリアンが気にしないように言い、反対に怪我がないか気遣うとマリエッタは頬を染め、眩しそうにアドリアンを見た。


その日、アドリアンは

「そんな、とんでもないです」

と必死に辞退しようとするマリエッタを強引に自分の馬車で邸まで送っていった。


門のところで出迎えたマリエッタの父、イルス男爵は思いがけない王太子の来訪に目を白黒させて狼狽えていた。


その夜、アドリアンはアマーリアといる時には、感じることのなかったか弱いものを守れるという男としての自信、相手の犯した過ちを許し、その寛容さに感謝される快感、高貴な相手をうっとりと仰ぎ見る尊敬と憧れの眼差しを、思う存分味わうことが出来たのだった。



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