ゼッキビ
食後、ヤンはバルカスに選別してもらったゼッキビの味を、イルナスに吟味してもらった。
「……これは美味しいな。正直、ゼッキビの中ではかなり変わっていると思うが、父様もお喜びになるだろう」
「これですか……確かに変わった味ですね。しかし、これなら、庶民も上級貴族も許せる味です。では、これにしましょう」
ゼッキビを決めたヤンは、他の苗床を全て同じ味に変えた。
「少し変える量が多いのでは?」
「このゼッキビを加工して保管しやすい形に加工する方法も考えなくてはいけません」
要するに、季節ものでは駄目なのだ。いつも、皇帝陛下の手元にあり、提供されるものでないと、覚えもよろしくはない。それには、この甘味を保管可能なように加工しなくてはいけない。
保存の技術は、以前に魔法で教わった。しかし、大量の食物を保存するには魔法では無理だ。要するに一般化ができない。
「しかし、そんな方法が思いつくのか?」
「……そうですね。まず、一番に思い浮かぶのは凍らせて保存することでしょうか」
生食品の保存は基本は冷凍だ。それをすることによって、ある程度保存期間は長くなるだろう。しかし、それは何ヶ月という単位では無理だろうし、この温暖のスヴァン領に、そもそも冷凍自体ができるのだろうかという不安もある。
「まあ、おいおい考えていきましょう。他にもやることはいっぱいあります。例えば、このゼッキビを使って新しくレシピを考案するとか」
いや、むしろそうすべきだろう。専属の料理人を育て、ゼッキビの甘味用に特別なレシピが流行すれば、市場はもっと賑やかになる。それに、皇帝陛下の料理人もスヴァン領から送り込めるので、一挙両得だ。
「これは、コシャ村で確保しておきたいところですね。料理人は平民の仕事ですので、イルナス様の好みの味のレシピを何個も作っておけば、宮殿料理が美味しい料理人を何人も育てることができるようになります」
やるべきことが繋がってきて、ヤンは笑顔になる。まずは、ゼッキビの品種改良。そして、ゼッキビの保存方法の考案。ゼッキビの新しいレシピを開発。ゼッキビの料理が作れる料理人を育成。
「ヤン、僕もなにか手伝えることがあるか?」
「そもそも、イルナス様がいなければ全てできないお話ですので、十分に手伝って頂いていますよ」
「しかし、他に……できることは、なんでもやりたいんだ」
「……っ」
イルナスの健気さにヤンは胸が打ちぬかれる。危うくキュン死しそうになった。
「では、イルナス様には料理人を育成してもらいましょう。身近で料理が得意な子に、料理をドンドン作らせて育ててください。新しいレシピを一緒に開発するのもいいですね」
「……わかった。学校のクラスメートとかでもいいのかな?」
「はい。年齢はイルナス様と同じくらいでいいですよ。どちらにしろ、登用するのは、数年後以上になりますから、長い目で見て育ててみてください」
と言うか、同じクラスにそんな者がいれば最高だと思う。宮殿料理人は料理長との師弟関係で選定される。そこで、信頼さえ得れば平民の身分ながら皇帝陛下にも信頼されうる。
料理は味だけではなく、健康も考慮して作らなければいけないので、魔医ともよく相談しなければいけない。それが、両方ともこちらの派閥で固められれば、正直かなり有利にことを運べる。
「……と、ここでお金が心許なくなってきましたね」
ゼッキビの苗床を大量に買って、大銀貨がすでになくなってしまった。保存方法の検討は他のゼッキビでもできるので無駄にはならないが、さすがにこれ以上はなにかをやるのは無理だろう。
「と言うより、ヤンは働き過ぎではないか?」
「そうですか? むしろ、師といた時の方が働きまくってますけどね」
あれは、この世の地獄だったと今でも思う。それに比べれば今なんて楽なものだ。いや、むしろ大好きなイルナスのために働けて幸せだ。幸せすぎる。とヤンの力説は止まらない。
「このゼッキビの苗床を農家に配り終えたら、それからが勝負ですね。幸い、ゼッキビは3ヶ月に1度収穫ができる植物なので、結果が出るのが早いです」
しかし、同時にここからが難しい。この苗床だけで行ければいいが、これ以上必要となると、ゼ・マン候に援助を依頼しなければいけない。それは、イルナスの価値を下げるし、ゼ・マン候の貢献度を高くするので、できればやりたくはない。
ヤンは大きくため息をついた。




