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魔医(3)

          *


 トントントン。ヘーゼンは机の上を指で叩く。長年の付き合いで、ラスベルにはそれが熟考のサインであることを承知していた。恐らく、ヤンから届けられた伝信鳥デシトから、今後の展望を模索しているのだろう。


 ヤンは決して意図してないのだが、医の分野から攻めるというのは、画期的なアプローチだった。人は皆死ぬ。誰しもが永遠の生を求め続けるものだ。その最前線に立つことができるのなら、現状、高齢となった皇帝からの寵愛も受けやすくなる。


「……しかし、ヤンは本当に地方の魔医に悪穴あっけを覚えさせるのか。本当にそんなことが可能なのかな?」


 それはヘーゼン自身がやってみて、駄目だったことだ。だから、どうやってやるのかがそもそも気になるし、今のところ想像もついていない。


「あの子は想像もつかないことを、のほほんとやってのけますからね」

「……もし、可能だったらさすがに褒めてやらんとな」


 ヘーゼンは苦々しく口にした。非常に悔しいし、癪だが彼自身ができないことができたのだから賞賛せねば嫉妬になる。そして、それができることはゼ・マン候で優秀な魔医の養成ができるようになると言うことだ。


 優秀な魔医の人材育成し、それを中央に送れば魔医司の足固めになる。以前、それを弟子にやろうと思ったが、駄目だった。それで、医の分野を掌握するのはあきらめ、論文を書いて少しでもポイント稼ぎをしようとしてきたが。


「ヤンが成功すれば、むしろあの論文は取り下げた方がいいな」

「ええ、あれの難易度は一般向きですが、隠しておいた方が価値があがりますしね」


 現在のヤンやラスベルの技術が、スヴァン領の魔医でも使えれば大きな武器になる。ヘーゼンが直接中央に送り込もうとすれば、警戒されるが、スヴァン領のような見せかけ野心のない領地からだったら登用も受けやすくなるだろう」


「……それも、平民の魔医でか。考えもしなかった」


 相当悔しいのか、ヘーゼンは何度も何度もヤンの発想を連呼する。スーと弟子との関係で、弟子の功績を悔しがるというのはよくある光景だが、ヘーゼンには若干当てはまっていない。彼は純粋に自分がやれなかったことが悔しいのだ。


 ヘーゼンは主に貴族の立法しか研究していない。平民の情事には若干の疎さがある。それに、彼は驚くほどに、平民の生活を知らない。興味がないというレベルではなく、日常生活を過ごしていれば必ず知っているべき平民の常識を知らない。


「いや、むしろ平民の魔医だからかもしれませんが」

「……どういうことだ?」

「平民の魔医は契約魔法に縛られています」

「なるほど……そういうことか」


 納得したようにヘーゼンは頷いた。平民の魔医は、魔力を持った平民。破産宣告をした貴族。魔力持ちの罪人。この3パターンで構成されている。その際、契約魔法で行動を縛られる。それは、傷害行為、自傷行為、逃亡行為、の3パターンである。


 要するに、どれだけ大変でも魔医という職務から逃げれませんよ、ということである。ヤンという少女は、のほほんと信じられないような負荷を相手にかける。その柔和な笑顔とは対象に、やっていることは信じられないくらいえげつない。


「……スー。私はただのスペルタだと思いますよ。あの子は人に教えることも上手いですが、なにかを強制的に従事させるのはもっと得意ですから」

「……」


 ラスベルはそう苦笑いを浮かべた。以前、ヘーゼンの弟子を数人任せたことがあったが、契約魔法で行動を縛って、訓練をさせて課題をこなさせたことがあった。結果、弟子たちの実力は飛躍的に伸びたが、『あの時のことを今でも夢に見る』と弟子たちは口々に恐怖する。


 さすがに、厳しすぎるだろうと苦言を呈したラベールだったが、本人はただ目をパチクリさせて、『スーより全然優しいんですけど』と答えて絶句したことがある。そして、そもそもどんな教育を施されているのか、果てしなく疑問だ。


 ヘーゼンの教育は相対的だ。能力のある生徒には負荷をかけ、能力のない生徒(ヘーゼンは金と呼んでいるが)には、優しく教える。見込みのない者には、相当適当に扱う。


 一方、ヤンは絶対的教育を行う。有能な者も無能な者も等しく同じような負荷をかけ続ける。能力差は考慮していると本人は言い張るが、それが見事に機能していない。彼女の優しくは、一般で言うとこの地獄なのだ。


 ヤン自身、自分の能力をかなり低く見積もっている。それは、ヘーゼンの罵倒が激しくて、『ああ、そうなんだ』とのほほんと吸収してしまうので、自分を大したことない魔法使いだと思っている節がある。


 たびたびその誤解を解きたくて、『本当にあなたはすごいのだからもっと自覚しなさい』と厳しく注意すると、ヤンは『ラスベル姉様は本当にお優しいです』と完全にあさってな喜び方をする。それもこれも、厳しすぎるスーの教育の賜である。


 総じて、ヤバい子であるとラベールは確信していた。


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