魔医
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伝信鳥が売人のバルカスからの情報を持ってきた。彼には帝都の相場調査と噂話の情報をもらっている。何通かやり取りしている限り、信用できる有能な商人である。
予想通り、イルナス誘拐の件は伏せられているようで、そこまで大きな騒ぎにはなっていないらしい。真鍮の儀式ではイルナスが皇太子を内定していたが、取り消されたのだろうか。まあ、ここら辺の状況は師から連絡がくるだろうが。
ヤンは次のページをめくって、相場表を眺めた。帝都での価格は大陸の価格の縮図とも言えるし、最新のものは全て帝都から発信されるので、定期的にチェックしないと必要な情報を逃す危険がある。
「……ゼッキビが高いな」
ゼッキビとは甘い蜜を出す棒状の植物である。温室の環境に適していて、このスヴァン領でも作りやすいとされている。と言うか、ここ最近はゼッキビがずっと高いのに、なんだって誰も作ろうとしないのだろうと疑問に思う。
のんびりと鷹揚な気質。これは、スヴァン領の風土だろう。よく言えば、おおらかで優しい。悪く言えば、のろまで怠惰。農家が多いのも、そういう所にあるのかもしれない。
「なんとか、ゼッキビを生産できないかな」
以前、天空宮殿の農務司で農産物の品種改良に成功している。かなり勉強したので、そこそこのノウハウは持っているつもりだ。
すでに生産されている農産物は独占が難しい上に代替できないものが少ない。だから、勝負するとすれば味と品質。より美味しいゼッキビが生産して、帝都で受ければ一気に財政も豊かになるはずだ。
「ごめんくださーい」
ヤンは隣の長屋に移動してバブおばさんを尋ねる。「あらぁ」と足早に出迎えてくれる彼女はかなりの世話好きだ。
通称『縁結びバブばばあ』。越してきてからすでに一週間経つが、持ってきた縁談話はすでに十人。もはや、誰でもいいのではないかというくらい、毎日誰かしらの縁談を持ってくる。
「農地の広さ順の人たちを紹介してもらいたいんですけど」
「あらぁ、ヤンちゃん高望みねぇ」
と言いつつ、縁結びバブばばあは次々と名前と住所を書いていく。本当にすごい特技だなと感心しつつ、どうやって説得しようかの算段を考える。
基本的に農家で品種改良の考え方を持っている人は少ない。愚直にいい品質のものを。それ自体は間違いではないが、もうけを出すこと自体は難しい。
できれば、品種改良の考え方を広めて、自分たちで作ってもらいたい。
「で、ヤンちゃん。いつ頃会うの? セッティングするわよ」
「今から会えないですかね。できれば、複数単位がいいんですけど」
そう言うと、バブおばさんは、『やあねぇ、ハーレムなんて、はしたない。でも、お姉さんも若い頃は云々』脳内お花畑全開で話しながら、お隣さんの方へと歩いて行った。
すると、お隣さんがお隣さんを呼んで、獣十分後にはコシャ村のおばさん全員が集った。
恐るべし、おばさんパワー。
コシャ村のおばさんたちは、まず自分たちの息子を呼んで、それぞれ息子自慢を始める。ヤンは、村に溶け込もうと積極的におばさん交流を行っていたので、おばさん人気は結構ある。
コシャ村では基本的に若い娘が少ないので、息子たちからの需要もある。
「……でも私、農家に嫁ぐならゼッキビ農家って決めてるんです」
「あらぁ、ヤンちゃんたら欲張り。で、ゼッキビってなに?」
バブおばさんの問いかけに、ヤンはゼッキビの説明する。すると、数人の息子たちが知っていたようで、興味深そうに聞いてくる。
特に、帝都ではゼッキビが高級品として売られていること。品種改良を行って人気が出れば一財産儲けられること。
「ヒンシュ……なんだそりゃ?」
「簡単に言えば、より良いゼッキビ同士を掛け合わせて、美味しいゼッキビを作る方法です。そして、美味しいゼッキビ同士をまた掛け合わせて美味しいゼッキビを栽培し続けるんです」
そんなことできるのかと、否定的な声もあったが、概ね好意的には受け止めてもらえた。やはり、相談するならおばさん経由の息子がいい。
普通の農家だったら、門前払いされるほどのことを比較的簡単に受け入れてくれる。息子たちが若いので野心的だというのも多分にあるだろう。
「お、俺やってもいい。やったら、俺と一緒になってくれるんだろう?」
「あら? そんなわけないじゃないですか。それは、最低条件で、他にも条件はいろいろとあります」
一応、結婚の絶対条件でないことは釘を刺しておく。品質の悪いゼッキビを作って求婚されても困るし、おばさんたちは息子たちなんかよりも遙かに強敵だ。
あれよあれよと言う間に婚姻が決まっていたりすると、破断するのに大きな手間だ。
「でも、悪い話じゃないと思いますよ。成功すれば一財産だし、私もできる限り力を尽くします。私がいた大商家はゼッキビ農家も多く持っていましたから、栽培方法も知ってます。やる気のある人は声をかけてください」
そう言って笑うと、ヤンの元に息子たちが群がった。