報告
「イルナス君はどうなっているんですか?」
学校初日。授業終了後にヤンを尋ねてきた担任のマ・ゴスが尋ねる。かなり思い詰めた表情をしているので、どうやらなにかやらかしたようだ。
一応、頑張りすぎないようには教育したつもりだったが、さすがにサボりすぎてしまったのだろう。ヤンは反省して深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。イルナスは勉強も運動もあまり得意じゃないのです」
「……おちょくっているのですか?」
マ・ゴスの目が笑ってない。全然、まったく、笑っていない。どうやら、相当なことをやってしまっているようだが、内容を話してくれないので、まったく検討もつかない。ヤンはとにかく、とりあえず誤ってしまおう作戦に出ることにした。
「申し訳ありません」
「いや、謝罪されることじゃありませんよ」
「……ありがとうございました?」
「なんでですか!?」
違ったようだ。とりあえず謝っても駄目。とりあえず、ありがとうでも駄目らしい。ヤンは再び考える。
イルナスと言えば、可愛い。想像するとしたら、その可愛さに、女の子が群がったり、男の子が群がったり、大人までもが群がったりしてしまうことだろうか……とここまで妄想したところで、マ・ゴス先生の表情が全然違うと言っていた。
「マ・ゴス先生……私はただの平民です。神様じゃありません。いくらなんでもイルナスがなにをやったか聞かされてないのに、わかるわけありません!」
と逆ギレしてみることにした。マ・ゴスは少し考えた末に、やがて息を大きく吐いた。それから、数枚の紙を差し出した。それは、国語の答案用紙だった。
「これが、イルナス君の答案です。0点でした。全て間違っている」
「し、仕方がないじゃありませんか。学力が伴ってないんですから」
「……ベルナス共和国語、ジャナス軍国、ベガス連邦国、ジラジラ古語が満遍なく散らされて回答されるなんて、そんな間違いありますか!?」
……な、ない。とヤンは思った。思うに、イルナスも間違えたことがないのだろう。どうやって間違えようかと苦心した結果、正解を異なる言語で書けばと思い至ったのだろう。絶対にそうだ。うん、そうに違いない。
……そんなバナナ。
「申し訳ありません。イルナスは大商家にいましたから。そこで、外国を転々としていたんです。そこで、いろいろな文字を知ってるだけです。実際、母国語は苦手のはずですよ。保証します」
「昼休憩、イルナス君はなぜ図書室で六法を読みふけってるんですか!?」
ヤンは膝から崩れ落ちそうになった。どこの5歳児が図書館で帝国の法律家の資料を読みふけるのだろう。イルナス、努力家過ぎ。努力家過ぎて、おバカ。
こうして考えると、かなりずば抜けた麒麟児なのかもしれない。恐らく、皇族の中でも、飛び抜けているのではないだろうかとヤンは思った。
「と、とにかく勉強は得意かもしれませんが、運動は苦手なんです。どちらかというとそちらをビシバシと鍛えてやってくださいませ。ビシ、バシと!」
「本気でおっしゃってます?」
……はい、違いますね。失礼しました。マ・ゴスの顔がマジだ。本気と書いて、マジである。
しかし、イルナスは5歳にしてはかなり小さな身体である。ガッツはあると言えど、子どもの頃の体格差は大人よりも遙かに重要だ。
普通に考えて、暴れん坊のガキ大将タイプの子たちとは運動能力は劣るはずなのだが。
「……剣術を相当頑張っておられるようですね」
「そ、そうですか? そんなはずはないと思いますが」
「じゃあ……なんで元剣聖の二の太刀を体育の時間に練習してるんですか?」
「……」
ヤンはこの時、もう一度イルナスに言い聞かせることを決めた。
確かに皇族教育で武術を学ばないなんてことがあるわけないとは思っていたが、イルナスは完全に知力・魔力に比重を置いたタイプかと思っていた。
しかし、あの能力で万能型とかヤバいなとヤンは思った。
「……大商家で生まれたものですから、元剣聖を雇っていたことがありまして」
「その大商家すごすぎるんですけど!? 元剣聖雇えるって、半端じゃない富豪じゃないですか!?」
ああ、設定が壊れていく……とヤンは頭を抱える。イルナスの能力がヤバすぎて、とてもじゃないが、説明できない。
恐るべし皇族、とヤンは思った。しかし、とにかくマ・ゴスには納得して帰ってもらわなくてはいけない。どんなことをしても、納得して帰ってもらわなくては。
「……」
「なにも言うことがないんですか? さ、聞かせてもらいましょうか? イルナス君はいったい何者なんですか? 私は聞くまでここから動きません。絶対に、イルナス君の事情を聞かせて頂きます」
結局、マ・ゴスの記憶を魔法で消した。




