皇位継承候補第2位 エヴィルダース
エヴィルダースは訳がわからなかった。目の前の男が何を言っているかがまったく。自分を超える皇族などいるはずがない。いや、帝国で自分を超える者などいるわけがないのだ。
「誰だ!? 誰がその不正をしたのだ!? 我が徹底的に暴いて、白日の下にさらしてやる!」
「申し訳ありませんが、他候補者の情報は、真鍮の儀式まで教えられません」
「な、なんだとっ!」
エヴィルダースは胸ぐらを掴んで、シャバールを殴ろうとする。
しかし、彼はまったくと言っていいほど動じなかった。むしろ、乾いた侮蔑の笑みを浮かべ、なお淡々と語りかける。
「皇子。星読みに対する暴力は不正と見なされ、皇位継承順位が落ちることを知っているでしょう? ただでさえ、あなたの尋常ならざる行動を見て評価を下げざるを得ないのに」
「……っ」
ブルブルと震えながら、元皇太子は拳を下ろす。そして、落ち着け、落ち着けと心で何回もつぶやきながら、なんとか自制しようとする。星読みに手を出すのは最大の悪手だ。自分はそのような愚か者じゃないと、感情を必死で抑えた。
「……すまなかった。では、聞かせてくれ。1位には……皇太子の地位が与えられた者には何人の星読みが投票した?」
「9人です。唯一投票しなかったグレースは、あなたに投票しました」
「……っ」
エヴィルダースはめまいを感じた。ほぼ全員の星読みが投票しているのならば、もはや判断を覆返す術はない。前の真鍮の儀式では、エヴィルダースでさえ過半数ギリギリの得票数だった。それを覆して、圧倒的な票を得るなど、尋常な事態が起きていることは間違いない。
なんとか、皇太子の地位の者を見つけ潰さなくては。
目下、一番怪しいのは元々2位であったベルクトール。
しかし、これだけの差が出るほど魔力は離れてはいないし、最近は1つ失態を犯している。そして、ベルクトールは自分でも年上であり、すでに成長期が過ぎている。
とすれば、3位以下だった者で、魔力的な成長期が来ていない者が濃厚だ。とすれば、3位のルーマンか、5位のナダルがめぼしいところか。エヴィルダースは激しく後悔した。
あんなイルナスで遊んでいたいたばかりに。
ギリッと歯を食いしばった。完全に油断していた。皇位継承候補はイルナス以外は才能の塊ばかりだ。かつて、皇位継承候補1位だったユルゲルも、自分より年下にも関わらずすさまじい魔力でエヴィルダースを軽々と超えていった。
「……マリンフォーゼ、祝いはまた今度だ」
「は、はい。では、次の機会に……ご機嫌よう」
あまりの取り乱しように、ドン引きしていた彼女は、逃げるように部屋を去った。
しかし、そんな様子を毛ほども気づくことなくエヴィルダースはすぐに側近を呼ぶ。
「すぐに他候補者全員と社交を行う。
「あの……イルナス皇子もですか?」
「やつはいい。今はそんなことをしている場合ではない」
絶対にアイツだけはないと、元皇太子は確信していた。真鍮の儀式までは残り3週間。それまでに、皇太子に内定された者を見つけなければ、自分がどう立ち回ればいいのかもわからない。
もちろん、5年後には再び真鍮の儀式がある。しかし、皇帝レイバースも、もう高齢だ。今回選ばれた皇太子が次期皇帝の可能性が一番高いと言われている。多少の危険を冒したとしても、なんとしても次期皇太子を潰さなければいけない。
母様が心配だな。
エヴィルダースは、呆然としたまま固まっている彼女をチラッと見た。今は、元皇太子であった彼を応援しているが、彼女は自分だけの母親ではない。下に第3位のベルーマン、4位のドナナも彼女の息子たちである。もし、この2人が皇太子に内定されれば、彼女の感情がどうなるかまったく想像がつかなかった。
「母様。今度、ルーマンとドナナと食事をしましょう。今回の真鍮の儀式のことで、いろいろとお話ししたいですし」
「……わかったわ」
情報漏洩を防ぐために、皇位継承順位の通告者は、元皇太子だったエヴィルダースにある。なので、彼が母親を通告者に選んだことで、残りの2人は母親を選べなくなった。なので、なんとか二人の情報を入手して自分の順位を探らなければいけない。
2位じゃ絶対に駄目なのだ。
皇太子になれなければ、これまで自分が努力してきた5年間が全て無駄になってしまう。どれだけ派閥が大きくとも、血筋がよくても、武芸が優れていても関係ない。自分より劣っていると思う者に従うなど絶対に我慢ができない。
「なんとしても……なんとしても……」
一瞬の時すら惜しいとエヴィルダースは思った。