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第5話 メン・イン・ブラック

「うえーい、タケー」

 午前の授業が終わり、ようやく昼休み。机の中から、桃子が作ってくれた弁当を取り出そうとしているところへ、赤っぽい髪をした長身の少年が、ぷらぷらと手を振って章太郎の席に歩み寄ってくる。章太郎のクラスメートの、友山ともやままことだった。

「購買行こうぜ」

「ごめん、トモ。今日は弁当」

 章太郎は、可愛らしい巾着袋を机に置く。

「お前、そんな趣味だっけ?」

「いや。桃子ちゃんに作ってもらったから」

「は?」誠は、途端に険しい表情になった。「桃子ちゃんって、巨乳大家さんの娘さんだよな。美少女の?」

「うん」

「マジで今なら、嫉妬でお前を殺せる自信がある」

「なんで?」

 章太郎はぎょっとする。

 誠はため息をつく。

「女の子が早起きして、わざわざお前のために弁当を作ってくれたんだぞ。なんとも思わねえの?」

「え、すごく嬉しいけど」

「じゃなくて……ってか、話してる途中でフタ開けようとすんな。俺がメシ買って帰るまで待ってろ!」

「えー」

 早く食べたい。男子高校生は、大抵いつも腹ぺこなのだ。

「えー、じゃない。いいか、食うなよ。絶対食うなよ!」

 念を押しながら、誠は立ち去った。

 お約束に則れば、誠が戻る前に完食するところだが、先ほどの様子からして、洒落や冗談で言っているわけではなさそうだ。ここは、大人しく待つとしよう。

 幸い、誠はすぐ戻ってきた。彼は章太郎の机の上に、購買で買ってきたものを並べる。コロッケパンに焼きそばパン、ツナマヨおにぎりと、いちご牛乳。圧倒的な糖質量だ。

 誠は、前の席の椅子を拝借して、それに腰を下ろした。本来の主である女子は、弁当を片手に友だちと連れ立って中庭へ向かったので、しばらく帰ってこないだろう。

「おい、早く中身を見せろ」

 神妙に蓋を開けると、誠がぽつりとつぶやく。

「可愛い……」

 ご飯は、俵お握りが二個。それぞれ、たまごと明太子のふりかけがまぶしてある。おかずエリアを大きく陣取るのは、チキンナゲットとゆで卵の白身と海苔で作られたクマさん。玉子焼きは二つにカットしてハート形に並べられ、レタスに囲まれたプチトマトが鮮やかに彩りを添えている。

「桃子ちゃん、頑張ったんだなあ」

 箸を持ち、両手を合わせ、感謝を込めて「いただきます」を言う。メインのクマさんは、早々に箸をつける。誠のことだから、きっとおかずを一つ寄越せと言い出すに違いない。奪われる前に、食べてしまわなければ。

「玉子焼き、一個くれ」

 ほらね。

「俺のツナマヨと交換でどうだ?」

 桃子が作ってくれた弁当は、いささか小さい。埋め合わせのおにぎりは、確かに魅力的である。章太郎はハートの半分を、ひっくり返した箸でつまみ、しぶしぶ差し出した。それに誠が、ぱくりと食らいつく。

 途端に、教室の端の方から、控えめな悲鳴が上がる。目を向けると、怪しい笑みを浮かべて目をぎらつかせる複数の女子が、こちらを見ている。

 わからなくもない。誠はバスケ部に所属する、高身長のイケメンなのだ。彼の一挙手一投足に、女子の視線が集まるのは当然だった。が、実際は自分の行動が、彼女たちの悲鳴の原因であることを、章太郎は知らない。


 ともかく昼食を終えた二人。ゲームやら、先日発売されたコミック誌やらの話をだらだら交わしていると、教室に設えられたスピーカーが、お昼の音楽を中断し、がさごそと音を立てた。次いで、声が可愛いと評判の、放送部の女子がアナウンスする。

「一年の、竹田章太郎さん。至急、校長室までいらしてください。繰り返します――」

 誠が不審を込めた眼差しで、章太郎を見つめる。「なんか、やった?」

 章太郎は慌てて首を振る。校長直々に、説教をくらうようなことを、した覚えはない。いずれにしても、至急と言うからには、さっさと行った方がよさそうだ。席を立ち、そそくさと教室を出る。

 章太郎たち一年生の教室は三階で、校長室は一階にある。おそらく、そんなことはないのだろうが、道行きにすれ違う生徒たち全員が、章太郎をじろじろ見ているように思えて、ずいぶん落ち着かない。

 職員室の脇を通り抜け、曇りガラスがはめ込まれた校長室の戸の前に立ち、中に声を掛ける。

「失礼します。一年、竹田章太郎です」

「どうぞ、入ってください」校長の声。

 引き戸を開ける。

 真っ先に目に付いたのは、右手にある応接ソファに腰かけた、二人の来客者だった。どちらも黒いスーツを着込み、室内だと言うのに真っ黒なサングラスを掛けている。

 一人は下唇の右下にほくろがある美女で、おっぱい星人の誠が喜びそうな胸の持ち主だ。もう一人は筋肉質の大男で、立ち上がれば二メートルはありそうだった。手に持った湯飲みが、おもちゃに見える。

 来客をじろじろ見るのも失礼なので、章太郎は戸を閉め、校長に目を向けた。

 白髪混じりで口ひげを生やした校長は、なにやら戸惑った表情で、黒づくめをちらりと見てから、章太郎に目を戻す。

「こちらの方々が、君にお話があるそうです」

「はあ」

 事態がさっぱりつかめず、章太郎は生返事を返した。

「先生」と、黒づくめの女が言った。「もう結構です。あとは、我々から話します」

「あ、はい。では、私は職員室の方にいますので」

 校長は、そそくさと職員室へ続く扉を抜け、部屋を後にした。

 その背中を見送ってから、黒づくめの女が向かいのソファを指し示す。

「まずは、座ってください」

 言われるまま、章太郎は、二人に対面するソファへ腰を下ろす。それは思った以上に柔らかく、後ろにひっくり返りそうになったところを、背もたれに救われた。

 黒服の女は名刺をテーブルに置き、それを章太郎の前に差し出した。

 名刺を取り上げ、章太郎はそこに書かれた肩書きを読み上げる。

「航空自衛隊航空幕僚監部防衛部宇宙渉外室、准空尉、ばやし……」

「キバヤシ!」

「あ、はい。木林きばやし幸子さちこさん」

 幸子は、大きなため息を落とす。

 次いで、筋肉も名刺を差し出す。肩書きは、まったく同じ。

田中たなかかおるさん」

 田中は無言で頷く。

 ずいぶん、可愛らしいお名前である。

「自衛隊の人が、僕なんかに何の用ですか?」

「あなたの家にいる、ロボットについて、話があります」

「サンビーム?」

 幸子は頷き、束の間を置いて深々と頭を下げた。隣の田中も、それに倣う。

「え、なんですか?」

 大人に頭を下げられるなど、章太郎には初めての経験である。

「実は――」

 幸子は顔を上げ、職員室に続く扉をちらりと見てから続ける。

「地球は狙われているんです」

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