焦がれる心 【月夜譚No.85】
作り物の心だとしても、この気持ちは本物だ。でなければ、こんなにも胸が温かくなったりしない。こんなにも、千切れそうなばかりに胸が痛んだりはしない。
こんな気持ちは初めてだった。この世に生まれてから、ただ淡々と日々を過ごしていたはずだった。それなのにたった一目、彼女を瞳に映してから世界は一変した。
陽の光が温かい。空に向かって伸びる木の葉が眩しい。屋根を打つ雨の音が心地良い。人々の笑顔が嬉しい。――まるで今まで見ていた視界がモノクロだったように、世界が彩り豊かで輝いているように思えた。
生まれ変わったかのような心持ちで、ただ繰り返していた毎日は、新しいことの連続のようだった。
しかし、この気持ちが恋だと知った時、言いようのない後悔の念に苛まれた。こんなことなら、彼女と出会わなければ良かった。そればかりが、頭の中を占領した。自分と彼女は決して結ばれることはないのだ。
けれど彼女は優しく、笑顔がとても眩しかった。彼女といるとそんな後悔も忘れて、楽しい時間を過ごすことができた。
自分は一体どうしたら良いのだろう。途方に暮れた〝彼〟は、硝子の眼球に淡い空を映した。