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剣戟のおぺれーしょんっ!  作者: 時雨時
第1章 特殊騎士団ラ・シーア
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9 静寂の才能行使

シェアハウスって少し楽しそうです。

 咲と出会ったその週末の第6日、ニールスフェム邸の執務室にて、月奈と咲は長椅子に座ってグレイと会っていた。

 月奈側の長椅子の後ろに立ったグレイは、にこやかに笑って咲と話していた。


「やぁやぁ1人目の特殊騎士団、おめでとう月奈君!歓迎するよ、咲君。僕はグレイ。グレイ・スレイデン・ヴォーラムス・ニースルフェムだ。よろしくね〜、と言いたいところなんだけど……」


 そう言葉を切って、グレイは膝を折り、月奈に耳打ちをした。


(なんでこんなに君達仲悪そうなの?)


 正面の、少々不機嫌そうに見える咲を見ながらグレイは聞く。

 その疑問ももっともである。

 結局あの時廃墟で別れた後から、会ってもずっとこの調子なのだ。

 グレイだからいいものの、他の貴族の前だったらと月奈はヒヤヒヤしていた。


(ごめんなさい、私の言葉で気を悪くしてしまって…他の人には友好的なのだけど、私に対しては敵意があるみたいなのよ…)


 目下どのように仲直りするか検討中である。

 だがここまではねつけられると中々きっかけも作りにくい。

 月奈は不安げな表情で、グレイを見る。

 グレイは月奈を安心させるように微笑んで、


(ふむ、なるほど…それは時間をかけて直していくしかなさそうだね)


 と言った。

 やはりそれしかないか。

 何かいい解決案を出してくれるかと少し期待していたが、グレイは優男に見えて意外と教育は厳しい。


 弟子の問題、それも人間関係なら尚更自分で学んで解決すべきと判断したのだろう。

 グレイは再び立ち上がり、執務室の中を歩きながら話を始める。


「さて、今日2人に来てもらったのは他でもない。特殊騎士団に入れたい子がいてね、その子を紹介しようと思うんだ」

「新しい子?」


 グレイの執務室に来てからずっと黙りこくっていた咲が眉を上げ、そう聞く。


「うん、友人の貴族の娘でね、ちょっと事情があって数日前、ちょうど月奈君が咲君を探している間に預かることになったんだ。」

「それで? その新しい子はどんな子かしら」

「あぁその前に──」


 早くその子が見たい、といった様子の月奈を手で制し、グレイは声を潜めて続ける。


「彼女、酷く混乱してて、君達に失礼なことをしてしまうかもしれないけど、許してあげて欲しい」


 その言葉の意味がよく分からず、思わずふっと咲の方を見ると、偶然目が合う。

 咲もどういう意味か分からないといった様子で、再びグレイを見た。


 そんな2人を見て少し楽しげに口角の上げたグレイは執務室の扉へ近付き、その扉を開ける。

 そこに居たのは、長い黒髪を持った長身の少女であった。身長は、165フィックある咲よりも高く見える。


「今日から君達と同じ特殊騎士団に入る城嶺(しょうりょう)悠依(ゆい)君だ。仲良くしてあげてね」


 そうグレイに紹介された少女──悠依は、丁寧にお辞儀をして、自己紹介をする。


「城嶺悠依です。故あってお父様とお母様の友人である、グレイ様のご厄介になることとなりました」


 丁寧な言葉遣い、さすが貴族──月奈はそう思う。咲も、貴族らしさの表れた振る舞いに少し目を丸くしている。

 しかし少し感情が顔に出なさすぎではないだろうか。伏し目がちに話す悠依は、第一印象で暗い様子を感じる。

 無表情のまま悠依は自己紹介を続ける。


「私の特異な才能を買われたグレイ様が、特殊騎士団への入団を勧めてきたため、()()()()でも役に立てることがあるならばと、お受けさせて頂きました。お二人共、どうかよろしくお願い致します」


 そう言って、悠依は再びお辞儀をした。しかし、月奈は別のところが気になっていた。


(()()()()…?謙遜というより、自分を卑下しているように聞こえる…)


 思い過ごしかもしれないが、彼女の暗い表情と相まって妙な想像を掻き立てられた。

 しかしグレイは考え込む月奈の様子に気付かない様子で、


「月奈君は、何か悠依君に聞いてみたいことはあるかい?」


 と聞いた。

 月奈はたった今気になっていた所を聞こうと一瞬考えたが、何となく憚られるのでやめて、別の質問をすることにした。


「それじゃあ、あなたの言う『特異な才能』がなんなのか知りたいわ」


 月奈がそう言うと、悠依は静かに頷き、目を瞑った。

 そして──


「これで大丈夫でしょうか?」

「……!?」


 突然目の前から悠依の姿が消え、自分の横から声が聞こえてきたことに困惑する。月奈は扉と反対側、自分の右側に目を向けると、誰も居なかったはずの月奈の横に座る悠依がいた。


「ちょっ…えっ!?ど、どういうこと!?」


 月奈は思わず立ち上がり、慌ててグレイを見る。しかし本人は面白そうな笑みを浮かべて、先程と同じ場所に立っているだけだった。


「どういうことなの…」


 月奈は咲の方も見るが、彼女の目にも、悠依が突然瞬間移動したようにしか見えてなかったようだ。

 目を丸くしているその顔を見れば分かった。


「どういうことかな〜?もしかしたら、魔術かも知れないよ?」


 グレイがニヤニヤと笑って横槍を入れてくる。月奈は言い返して、


「バカ言わないでよ!魔術行使には必ず【詠唱不可欠の制約】と【魔術格不可欠の制約】のどちらかが課せられるのよ!?悠依はそのどっちも行っていなかった!私のような【才能】が無い限り──」


 そこまで言って、ハッと気付いたように言葉を止める月奈。グレイはニヤッと笑って、月奈の繋ぐ言葉を見守った。


「もしかして…【才能】? それも、私の【不唱】と同じような能力ってこと…?」


 月奈がブツブツと考え込むと、グレイは、


「横、失礼するよ」

「あ、あぁ」


 と、咲の横に座った。


「でも、月奈君と全く同じ才能かもしれないよ?」


 そして、月奈の呟きに意見を言ったが、


「そりゃねーだろ。確か【才能】は、同じ能力を持つ者が同じ時期に生きていることは絶対にねーはずだったぞ」


 隣に座る咲がそれを否定した。グレイは妖しげな笑みを浮かべて咲をちらりと見た。


「ふむ、やっぱり知ってるか。では悠依君、答えを言ってあげて」


 未だ混乱している月奈の隣で、綺麗な姿勢で座る悠依に、グレイは解答を促す。

 悠依は、表情一つ変えずに、


「私は【才能】保有者です。その才能は、【時間停止】」

「時間……停止?」


 月奈は悠依を見やり、そして次にグレイを見た。グレイは月奈に微笑み、


「正解は【才能】だ。学校で習ったことあるだろう?」

「えぇ…生まれつき持っている特殊な能力の総称よね。持つ者と持たない者がいて、持つ者の方が数が少ない。持つ者の中でも、先天的に持つ者が大半で、後天的に【才能】を発現させる者は少ない…だったかしら」

「そう。悠依君は【時間停止】という才能を持っているんだ、先天的にね」


【才能】とは、生まれつき持った特殊な能力のことである。

 その能力は無数に及び、遺伝的に受け継がれるものもあるが、同じ能力を持つ者が同じ時期に生きることは絶対にない。


 月奈は物心ついた時から何かを自分の中に感じていた。【才能】保持者はみんなそうなのだろうと思う。

 その頃はまだ小さく、自分だけの特別な力だとは思わなかったのだが。

 眉間に皺を寄せた月奈の隣で、悠依は再び口を開き、


「グレイ様によると、才能行使開始から5秒間だけ、全ての時間を止めるのではなく、私のみ世界の時間の流れから隔絶されて動くことが可能になる才能だそうです」

「えっと…どう違うのかしら」


 理解の追いつかない説明に、月奈は混乱して聞き返す。


「要するに、世界の時間が止まるのではなくて、彼女が時間の流れから外れるってことだ。例えるなら、川を流れる船が世界、その上に乗っている人々が僕達だとしよう。彼女だけ、その船から降りて陸に立ったらどうなる?」

「悠依の時間だけが止まり、アタシ達の時間は動き続ける…ってことか?」


 咲が、うんうんと唸りつつも答える。あまり頭を使うこは苦手なのだろうか。

 月奈はそれを聞こうとしたが、またいらぬ火種を生みそうだったのでやめておいた。


「そう。そして、動き続ける我々から彼女を観測しても、彼女に我々の時間軸は当てはまらない。また彼女から我々を観測しても、同じ時間の流れではない。そして、何か悠依君が行動を起こしてから──例えば別の服に着替えてから再び船に乗ったとしたら、どうなる?」

「突然、悠依が服を変えたように見える?」


 月奈がそう解答を導き出しすと、グレイは満足そうに頷き、


「そういうことだ。実際には彼女が陸で短刀を投げてから船に乗っても、同じ現象が起こるから十分な説明とは言えないんだけど…時間の概念は難しいし、分からなくても大丈夫だよ」

「さっきはそれを使ったってことね…」


 苦々しそうに、しかし納得がいったという様子で月奈はため息混じりにそう言う。

 すると咲が、


「月奈のさっき言ってた【不唱】ってなんだ」


 と聞いてきた。

 名前だけで分かりそうな気もするが、敢えて聞いてみたのだろうか。咲の睨むような視線が少し怖い。

 月奈は、咲の方を向いて


「読んで字のごとく、【魔術行使における二制約】のうち、【詠唱不可欠の制約】を無視出来る才能よ」

「?」



 咲はよく分からなそうな顔をする。それもそうだろう。魔術を習ってない者にとっては専門用語が多すぎた。

 反省した月奈を見やり、グレイが説明を加える。


「この世界の魔術には、必ず【魔術法則】というのが働いているんだ。まぁそれ自体はとても難解だから知らなくていい知識なんだけど──その中で、【魔術行使における二制約】というのがある」

「……??なんだそれ」


 咲は、眉をひそめて聞き返す。その様子を見たグレイは、笑って、


「ははっ、そうだよね。魔術を使わない者にはちんぷんかんぷんだろう。例えば、今僕が魔術を使って後ろの本棚にある魔導書の1つを、この机の上に持ってくるとしよう」


 そう言ってグレイは、4人が座る長椅子に挟まれた長方形のテーブルをトントンと叩く。


「その時魔術を使うために、必ず【詠唱】をするか、【魔術格】を展開しなきゃならない。それが【魔術行使における二制約】だ」


 グレイがパチンと指を鳴らすと、その指先に魔術格が展開される。そしてグレイはその指をテーブルに近付け、1度触れてから離した。

 すると、魔術格はテーブルに展開され、


「「……!」」


 グレイの背後の本棚に注目していた咲と悠依が、本が1冊浮いたことに驚いた。

 浮いた本はそのまま空中を浮遊し、最終的にテーブルに展開された魔術格の真ん中に収まった。


「なるほどな、それのうち【詠唱】をお前は無視出来るってわけか」


 咲は姿勢を戻して、月奈にそう言うのだった。

 今彼女は何を思っているのだろう。

 目を閉じて何やら考えているのか、それきり言葉を発さなかった。

 それを見てグレイは立ち上がり、手を叩いた。パン!と心地よい破裂音が部屋に響く。


「さて! 長くなったけど自己紹介も済んだことだし、これから特殊騎士団の3人には──」


 グレイは指を立て、笑みを浮かべて、彼に注目する3人の少女に向かってこう言った。


「次の平日、つまり明後日から王都で一緒に暮らしてもらうことになったから、明日で支度しておいてね」

「「「え」」」


 突然の宣言に3人は目を丸くし、言葉を失う。


「「えええーーーっ!?!?」」


 そして、脳がその言葉の意味を理解したところで、少女3人は、始終無表情を貫いていた悠依でさえも少し目を見開くのだった。

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