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剣戟のおぺれーしょんっ!  作者: 時雨時
第1章 特殊騎士団ラ・シーア
8/43

8 悩みの種

いよいよ5人の始まりが語られますと第8話です。

「はぁ…」


 思わず深いため息が出てしまった。


「師匠も候補くらいあげといてくれたらいいのに…」


 グレイから特殊騎士団設立の話を聞かされてからというもの、月奈は王都のあちこちを歩き回り、『特異な戦闘能力を持つ人』を探した。学校にいる生徒も見たりしたのだが一向に、誰一人見つかっていなかった。


 そしてとうとう1週間経つかといったところ、半ばやけクソになって王都の中心から南に伸びるカルトス大通りを歩き、王城壁を越えたその先の地区まで見たのだが、やはり見つからないのであった。


「いっそ軍部でも覗いてみようかしら……なんなら文部でもそういう人、いたりする?」


 王都の外れの廃墟に辿り着いたところで、悶々とそんなことを考えていたら、


「ん…?」


 赤い髪の毛を腰辺りまで伸ばした人物が、崩れた壁に囲まれて、何の流派だろうか、体術を繰り出しているのを月奈は見つけた。


「やぁっ!せぇっ!はぁぁぁっ!」


 囲まれた場所に屋根は無く、降り注ぐ夏節の日差しが石畳を覆うように生えた草に注がれている。

 身長も160フィック以上はあるだろうか、気持ちの良い掛け声と共に長い手足から繰り出される様々な技は、力強く空を切る音を立てていた。


「ん?なんだ?アタシの他にもここで修行してる人がいたのか?」


 その時、赤髪の少女が体術を繰り出すのをやめ、月奈を見つけた。

 月奈は少しドキッとして、無意識に身を隠していた壁から姿を見せる。


「あ…ごめんなさい、邪魔してしまったかしら?」

「ん、いいや、大丈夫。ちょうどアタシも休憩しようと思ってた」


 そう言って少女は、壁が崩れ低くなっている場所に座る。すると月奈の方に振り返り、微笑んで、


「立ってばかりじゃ疲れるだろ。ここ、座りなよ」

「ありがとう」


 促されて月奈は少女の隣に座る。少女は月奈の姿を上から下へと眺め、ふーむ…などと呟いている。


(朝顔洗った時の泡でもついてたかしら)


 もちろん今までそんな状態でいたのなら、5フィムは好奇の目に晒されていたことになる。そんなことはないと思いたい。

 しかしここまでジロジロ見られると何かあるのかと心配になるのが人の性で、あれやこれやと月奈が考えていると、


「アンタ、名前は?」


 と、唐突に切り出された。


死柳月奈(しにやなぎるな)。そっちは?」

美桜咲(みさくらさき)。15歳」


 同い年だったのか。身長に10フィックほど差を感じて少し妬ましくなった。


「あら、私も15歳よ」

「じゃあ、もしかしたら来年から同じ高校に行くかもな!」


 そう言うと咲はニカッと月奈に笑った。快活そうだがスラッとした手足に端正な目鼻立ちは間違いなく美人の部類に入るだろう。

 大きすぎないその緑色の目は、常に笑顔でいる彼女の口元と調和が取れていた。


「体術を会得しているみたいね」


 月奈がそう言うと、咲は得意げに、


「あぁ、【桜華拳(おうかけん)】って言うんだ」


 と、拳を握ってみせる。

 聞いたことがない名前だ。響きからして元々ナスチアにあったものでは無さそうである。始祖が接界門でナスチアに来たとかなのだろうか。


「そういう月奈は何かやってるのか?」

「私は【サファイアス式水極点(すいきょくてん)魔術】っていう流派を習っているわ」


 月奈がそう言った瞬間、突然咲は目を輝かせ、声を弾ませ、はしゃぎ出した。


「魔術!ってことは月奈は魔術師なのか!」


 余程、魔術師に出会えたのが嬉しかったのであろうか、咲はかなり近くまで月奈の顔に詰め寄っている。


「え、えぇ…」


 突然詰め寄られ、月奈は動揺する。しかし、咲はそんな様子の月奈も差し置いて、どんどん話を進めていた。


「よっしゃ!じゃあ手合わせしようぜ!アタシまだ魔術師とだけ闘ったことないんだよ!」

「え、えぇ…?」

「ほら!そこに立って!」


 困惑する月奈は、咲に手を引っ張られ、先程まで桜華拳が振るわれていた場所で、咲と向かい合っていた。

 夏節の日光を浴びた芝生がさくさくと音を立て、足裏に感じる感触が心地良い。

 しかし、月奈の頭はそんなことを隅にやり、咲をどう傷付けずに負かすかを考えていた。


(どうしましょう、魔術と格闘術じゃ圧倒的に格闘術の方が分が悪いわ。しかも、当たり所が悪いと怪我をさせかねないし…どうするべきかしら)

「先に相手に王手をかけた方が勝ちってことで!」

「…わかったわ」


 月奈は頷き、両袖を捲って構える。対する咲は、右半身を前にして、基本的な格闘術の構えをとった。

 風が吹き、1枚の葉が月奈達の間を通り過ぎる──


「先手必勝!」


 その瞬間、咲が地面を蹴って一瞬で月奈に詰め寄った。


「安直…っね!」


 それを見た月奈は瞬時に判断、足の接地場所を起点に魔術格を展開、その後大きく後ろに飛んだ。


「うおぉっ!?」


 突然地面に出現した魔術格に対応しきれず、それを踏み抜いた咲の足が氷で覆われる。

 咲はバランスを崩し、大きく前のめりに転倒した。


「王手!」


 着地した月奈は右手に展開した魔術格で氷の剣を生成、倒れゆく咲の首筋を狙おうと走り出す。


「させるかぁ!」


 しかし咲は地面に手をつき倒立の姿勢になる。そして大きく足を開いて、巧みな手さばきで支えつつ、体を捻った。それに伴って足に纏われた氷は円を描き、月奈の接近を阻止する。


 バリィン


 そして足が一周した所で咲は勢いよく足を閉じ、足についた氷を破壊した。


「くっ…!」


 再び月奈は後ろの壁まで飛び、魔術格を両手に展開する。


「二度は乗らないっ!」


 咲は芝に隠れて展開されていた魔術格を飛び越え、一足飛びで月奈に詰めた。


(まずい、退路を塞がれた!)


 月奈は両手を前に突き出し、咲の攻撃に備える。


「桜華拳【回し蹴り】!」


 咲が着地点で体を捻り、その長い足が月奈の首筋目掛けて振るわれてくる。

 対する月奈は、防御の姿勢を取って魔術を行使しようとし──


「【キーレスト──」


 ガッ!


 その瞬間、咲の足が急加速し、魔術行使の前に月奈の首筋真横で足が止まった。


「……王手」

「すごい…」


 思わず感嘆の声を漏らす月奈。壁に目を向けると、廃墟の壁とはいえ、少々ヒビが入っていた。


「すごい!すごいわ!ねぇ咲、私いま特殊騎士団っていうのに入ってくれる人を探してるのだけど──」

「……き、しやがって」

「え?」


 条件ピッタリな人物を見つけたと思って、月奈は嬉嬉として特殊騎士団へ誘う。

 しかし、咲は目を伏せたまま、静かに唸った。


「舐めた動きしやがって。お前、始終防御ばっかりだったろ」


 その目は月奈への悪感情に溢れ、月奈は咲を怒らせたことを悟る。


「ち、違うわ!私は魔術だけど咲は素手だから怪我させないように手加減を──」

「手加減…?」


 慌てて宥めようとする月奈だったが、その言葉が咲の怒りを加速させた。


「その手加減がいらねえってんだよ アタシが素手だから?お前が魔術だから!?そんなの関係ねぇ!やるからには全力でかかって来やがれってんだ!!」

「あ……」


 言葉を失った様子の月奈に、咲は指を突き付けて、


「特殊騎士団?いいよ、入ってやろうじゃねえか。魔術なんかよりよっぽど出来るって証明してやる!」


 そして咲は手を下ろし、最後に、


「アタシは、舐められるのが、大嫌いだ」


 そう言い、最後にきっ、と月奈を睨め付けて去っていった。

 ただ呆然とするしかない月奈は、1人廃墟に取り残さるのだった。


(アタシだって、才能だけでここまで来れた訳じゃねーんだ)


 無意識に漏らした咲の言葉は、幸か不幸か月奈には聞こえなかった。


 ◇


「あの頃は口悪かったねぇ…」

「お前、それでええんか…初手かなりの悪印象やで」


 申し訳なさそうに、しかし他人事みたいな様子で言う咲に、ギンが若干、いやかなり引いた様子で言った。


 時刻は冥刻の3。「狩人の食卓」は、1時間前から人が増えなくはなったが、未だ賑わいは衰えていなかった。

 何やら賭け事でも始まったのだろうか、人が1つのテーブルに集まり、向かい合った2人の間を覗き込んで一喜一憂している。


「でもそう言われると咲、確かにあの頃は口悪かったよね〜」


 既にムギ酒のグラスを空にした夕月は上機嫌に言う。

 言われた咲は、気まずそうに、


「いやぁ…あの頃は師範代になりたてで、他にも色々大変だったからなぁ…」

「確かに──」


 月奈は当時のことを思い出したのか、憔悴した声で、


「確かにあの頃は問題児抱えまくってたわね…」

「目が死んでる…」

「ホントごめん月奈!」


 げっそり疲れた様子でボソリと言う月奈に、咲は手を合わせて謝った。


「と言ったけど、今じゃそんなに気にしてないわ。こうして和解も出来てることだしね」


 と、月奈は微笑んで言う。ラ・シーアの5人の仲の良さは折り紙付きだ。実際ビビにも幼馴染と間違えられる程に。

 その時、5人のテーブルにドカンと皿が置かれた。見ると、ビビが料理を運んできたようである。


「はいよ! 串焼き肉5本に特上厚肉焼き1枚!」

「わぁ〜!!」


 鉄板の上でジュウジュウと音を立てて焼ける大きな肉は、塩胡椒をかけられ、野菜が添えられている。肉の上に添えられたのは香葉(ハーブ)だろうか、焼き立ての肉の香ばしい匂いを引き立てていた。

 とてもいい匂いで、5人とギンが目を輝かせる。


「なんでギンも見てるの!私達の!あげないから!」


 何故か自分も貰えると思っているように、目を輝かせるギンに気付いた夕月が、ギンを睨んで言った。


「頼む!ちょっとだけくれ!このとーりや夕月の姉ちゃん!」


 両手を合わせて懇願するギンだったが、


「ダメ!」


 虚しく夕月に一蹴されてしまった。その隣に座る咲は、早速肉を切り分け始めている。

 懲りずにギンは音を殺して串焼き肉に手を伸ばしたが、燐にパシッと手を叩かれ、じと目で見られながらすごすごと椅子に座り直した。

 そんなギンは置いておき、月奈は話を続ける。


「次に入ったのは…」


 運ばれてきた串焼き肉に手をつけながら悠依が頷いた。


「そうですね、私でした。あの頃はお恥ずかしいところばかり見せてしまっていましたが…」


 と言うと、月奈も笑って、


「確かにあの頃の悠依はとても扱いづらかったわ」


 咲に加えて新しく入った物静かな少女もまた、月奈の頭を痛めるのだった。

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